(※前編から続く)特定危険指定暴力団・工藤会のトップだった野村悟被告が逮捕された福岡県警による『頂上作戦』から9月11日で12年となった。暴追運動の先頭に立っていた北九州市の北橋健治・前市長が、野村被告逮捕までの7年間を語った。
加速する工藤会の暴走 標的は市民
2011年7月、約12年に渡り君臨してきた野村被告は、田上被告に五代目会長の座を譲ったが、引退はせず『総裁』として権力の座に居座り続けた。

野村被告率いる工藤会はさらなる暴走を開始する。2012年4月、元警部銃撃事件が発生。6月にはロケットランチャーが関係者の倉庫から押収された。さらに9月には飲食店関係者が襲撃される事件が起きた。

2012年12月、工藤会は全国の指定暴力団の中でも“特に凶悪”と見なされる組織として、ついに特定危険指定暴力団に指定されたのだ。

「どうしても理解できないんですよ。一般、市民の女性の顔を切りつけるという、あるいは何の罪もない住民の家に銃弾を撃ち込むとかですね、そういうことをしたときに市民社会はどのように見てくるのかということが分からないんですよね」(北橋健治・前北九州市長)。
工藤会の暴走は留まるところを知らない。2013年1月に女性看護師が襲撃され、2014年の5月には、歯科医師刺傷事件を起こす。

「いや、分かってても構わないと。恐怖によって支配をしていくというふうにならざるを得ないですよね、そうなると。次から次へと恐怖による人心操作ということがますます強くなっていかざるを得ないと思うんですね」(北橋健治・前北九州市長)。

しかし工藤会の暴走はある朝、突如として終わりを迎えた。
福岡県警工藤会頂上作戦 トップを逮捕
2014年9月11日、福岡県警は工藤会頂上作戦を実行。野村被告を逮捕した。

「まず、警察当局からああいうかたちで踏み込むとは事前に聞いておりませんでした。ただ何となく『いよいよ警察当局が覚悟を決めて行動を起こすのではないか』という噂は耳にしていた。『よくぞ頑張って頂いた』ですね、県警の皆さんには。本当に苦労されたと思います」(北橋健治・前北九州市長)。

野村被告は殺人を含む4つの市民襲撃事件の首謀者として起訴され一審で死刑、二審では無期懲役の判決を受け、上告。更に野村被告を巡っては、事件の遺族などに合わせて1億円以上の賠償を支払う判決が確定した。

2026年3月、工藤会は、野村被告に対して『引退』を通告した。野村被告にかかる工藤会側の金銭的負担の多さなどが理由のひとつとされている。

北九州市長就任から野村被告逮捕までの北橋さんが見た7年間―。

「いま、平穏になって、かつてのイメージを脱却して、企業やいろんなイベントも成功しているし、北九州の明るい元気な姿が、内外に見え始めているというのは非常にいいこと。このまま、ずーっと行って欲しいです。事件が起こらず。もう“修羅の街”だなんて、自虐的にこの街を語ることがないように、いい街になって欲しいです」(北橋健治・前北九州市長)。
(テレビ西日本)

