一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。
今回の舞台は、滋賀県近江八幡市です。
スタート地点は日牟禮八幡宮。
その年の干支をさまざまな食材で飾り付けて町を練り歩き、最後は境内で燃やして無病息災を祈る「左義長祭り」で有名な神社です。
すぐそばには八幡山ロープウェイの乗り口もあり、近江八幡の観光拠点ともいえる場所です。
そこで兵動さんが受け取ったのは、1973年(昭和48年)に近江八幡市内で撮影された1枚の古い写真。橋のようなものと、大量の植物が水面を覆い尽くす不思議な光景が写っています。
【兵動大樹さん】「えぇ、なにこれ?これすごいな!橋が架かってるよね」
橋があるなら「八幡堀では?」と推測するものの、現在の八幡堀はきれいな水が流れる風光明媚な観光スポット。写真の荒れ果てた風景とはあまりにもかけ離れています。
■ 三世代の”名探偵おばあさま”の推理が冴えわたる
早速、聞き込み開始です!
まず出会ったのは、阪神ファンの野球少年です。好きな選手は中野拓夢選手で、ポジションはセカンドとピッチャー。「だからセカンドなんや」と兵動さんも納得の様子でしたが、写真の場所は分からず。
続いて、「かわらミュージアム」で作った焼き物を取りに来たという三世代の家族に遭遇します。大津から来たというおばあさまが、写真をじっくり観察して鋭い指摘をしてくれました。
【おばあさま】「この商店名はすごく重要だと思うんですよ。栄なんとか商店」
【兵動大樹さん】「おばあさまが名探偵や!素晴らしいヒントいただきました」
写真に写る建物の看板に「栄畑瓦商店」と読めるような文字があります。これは大きな手がかりです!
■ 一級河川「八幡堀」残る2つの謎
兵動さんはすぐ近くの八幡堀へ。美しい水面に船が行き交う、風情ある景色が広がっています。
実はこの八幡堀は上流の西の湖と琵琶湖を結ぶ八幡川という一級河川なのです。
以前「今昔さんぽ」で訪れた「水郷めぐり」の場所ともおよそ800メートルほどの距離でつながっています。
「水郷めぐり」は、ヨシなどの自然環境とともに地元住民が暮らしてきた水郷エリアを手漕ぎ船で約80分めぐる人気の船旅です。
しかし、写真の場所を特定するには謎が2つあります。
水面を覆う植物は何なのか、そして八幡堀のどの地点なのか。
兵動さんは堀沿いの「かわらミュージアム」に立ち寄り、スタッフに話を聞くことにしました。
■ 八幡瓦と八幡堀の深い関係
「かわらミュージアム」は、かつて八幡堀沿いに20数軒あった瓦工場の跡地に建てられた博物館です。
近江八幡の地場産業である「八幡瓦」。
水郷に発生する「藻」が有機肥料として長年水田にすき込まれ、植物の繊維を多く含んだ粘土を焼くことで、細かな多孔質で耐寒性や適度な吸水性を持つ瓦が生まれたのだといいます。
八幡堀は瓦の原料となる粘土や完成品を運ぶ、いわば”昔の高速道路”だったのです。
博物館の方に写真を見せると、「八幡堀ですね」「昔こんな感じでした」と即答。
やはり八幡堀で間違いないようですが、具体的な場所までは分かりません。
■ 親思いの「でっち羊羹」
核心を突くヒントがない状況で歩き続ける兵動さん。
文久3年(1863年)創業の老舗和菓子店「和た与」で聞き込みです。
名物の「でっち羊羹」は、こしあんと小麦粉を練り合わせ、竹の皮で包んで蒸した素朴なお菓子です。
「でっち」とは丁稚小僧のこと。
近江商人のもとで修業する子どもが、親元へ帰る際に買える手頃な羊羹を、頑張ってきた証として持ち帰ったのが由来だといいます。
【兵動大樹さん】「ええ時代の、親思いの羊羹やね」
でっち羊羹を味わったところで、店主の小川さんに写真を見せると、八幡堀で間違いないとのこと。子どもの頃は堀にはまるといじめられるほどの汚さだったそうです。
【店主・小川与志和さん】「僕らの先輩方が『埋め立てよう』というような話もあったので、むしろここを駐車場にするかという話があったらしいです」
■ “ドブ川”をよみがえらせたのは「市民の力」
八幡堀が駐車場に!?
そんな危機を救ったのが市民運動でした。店主の小川さんから「八幡堀を守る会」の幸村和彦会長を紹介してもらいました。
高村会長によると、写真に写る植物の正体は南米原産の水草「ホテイアオイ」。
高度経済成長期の下水道のない時代、合成洗剤などの家庭排水が八幡堀に流れ込み、富栄養化で水草が繁茂。
冬場になるとホテイアオイは枯れて川底へ沈み、ヘドロ化していきました。こうした悪循環で、八幡堀は泡やハエが発生するドブ川と化してしまったのです。
■ 「堀は埋めた瞬間から後悔が始まる」
昭和48年(1973年)ごろには、国の方針で埋め立て工事が決定。
しかし「堀は埋めた瞬間から後悔が始まる」と、元市長の川端五兵衛さんを中心とした市民運動がこの決定を覆しました。
近江八幡青年会議所を中心に始まった堀の清掃活動は、八幡堀を守る会に引き継がれ、現在も毎月1回、数十人の市民が除草活動を続けています。
ただし後継者不足は大きな課題です。
【兵動大樹さん】「(幸村さんたちが)ちょうど最後の世代でしょ、汚いとこを見てるのが。いま、若い人は全部このままの状況見てるから、ずっとなんもせんでもこのままや思ってまう」
そしてついに、写真の撮影場所が判明!「明治橋から白雲橋の方を向いて撮った写真」とのことでした。
かつてドブ川と呼ばれた八幡堀は、市民たちの地道な努力によって美しい水辺を取り戻し、いまでは遊覧船が行き交う近江八幡のシンボルとなりました。
先人たちが守り抜いたこの風景、ぜひ歩きながら感じてみてください。
(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2026年9月4日放送)
