東日本大震災の発生から15年以上が経過した。インフラ整備はほぼ完了し、「復興」は新たな段階へと移行しつつある。シリーズ『復興検証42兆円のゆくえ』第1回は、被災した中小企業を支援した「グループ補助金」だ。支援を受けて再建した中小企業の多くが、いま別の壁にぶつかっている。
創業100年の水産会社が選んだ「小規模再建」
石巻市寄磯浜地区で海産物の卸売りや養殖業を営む「マルキ遠藤」は、今年で創業100年を迎えた。3代目の遠藤仁志社長は、15年前の震災で事務所や加工場が全て津波に流され、自身も津波に飲まれ九死に一生を得た。再建の道筋が見えない中で、背中を押したのは地元の生産者たちだった。
マルキ遠藤 遠藤仁志社長:
最初はやめようかと思ったが、『ワカメ買わないのか』って生産者から声が出た。2011年3月に。それでもう一回やってしまおうかなと。

遠藤社長が再起の足がかりにしたのが、「グループ補助金」だ。複数の企業がグループを組んで再建を目指すことを条件に、復旧費用の4分の3を国と県が補助する制度である。残る4分の1は自己負担となる。宮城県内ではこれまでに、延べ4487社の企業に対し、総額およそ2820億円が支援された。
遠藤社長が選択したのは「小規模での再建」だった。その判断は、結果として正解だったと言える。県内の水産物の水揚げ量は2025年、過去最低の16万トンにまで落ち込んだ。1980年代後半の6分の1程度の水準だ。
マルキ遠藤 遠藤仁志社長:
ホヤもだめ。カキも死んでいる。ホタテも少ない。会社が大きくなればなるほど大変。40、50人も従業員雇っても仕事が無い。
地元の生産者との信頼を大切に、震災後も事業を続けてきた遠藤社長は、着実に歩みを続けている。
「経営のスリム化」で利益を確保した水産加工会社
石巻市魚町で水産加工会社「山徳平塚水産」を営む平塚隆一郎社長もまた、グループ補助金を活用して再建を果たした一人だ。震災前は市内に3カ所の工場を構えていたが、水揚げ量の減少を見据えて大胆な決断を下した。工場を1カ所に集約し、従業員を半数に削減した。また売上の大半を占めていた「練り製品」から、競合の少ない「レトルト商品」の生産へと舵を切った。
山徳平塚水産 平塚隆一郎社長:
魚が取れていれば、工場設備はいくらでも整備していいが、魚が取れなくなったら、重荷になる。大きい設備にすればするほど。
この「経営のスリム化」は成功を収めた。売り上げは半減したものの、最終的に手元に残る利益は増えたという。しかし、平塚社長が頭を悩ませているのは、自己負担分4分の1の返済だ。無利子融資の制度を利用しているものの、金融機関への毎年の返済額は1000万円に上る。
山徳平塚水産 平塚隆一郎社長:
優遇制度自体は無利子なんだけれど、それを払うために有利子負債を銀行から借りて返さないといけない。
倒産121社 借入金返済という新たな試練

グループ補助金を受けながらも、2025年度までに倒産した県内企業は121社に上る。支援を受けた企業全体の3パーセントに当たる数字だ。倒産件数は増加傾向が続いており、震災から15年が経過した2025年度が最も多く、16件を記録した。
東北学院大学教養学部の柳井雅也教授は、今後の見通しについてこう指摘する。
東北学院大学教養学部 柳井雅也教授:
利益の利幅の少ない業者が被災地には多いことを考えると、返済猶予、あるいは返済ができないという形で、今後は廃業や倒産という形で動いていくことも十分考えられる。
県内で水産加工会社を営む男性も匿名を条件に、現状について話してくれた。津波で工場が流され、その後グループ補助金で再建。当初は順調に売り上げを伸ばしていたが、水揚げ減少とコロナ禍で状況は一変。4年前から自己負担分などの返済は利子の支払いのみで、人件費の高騰も厳しさに拍車をかけている。
水産加工会社を営む男性:
水揚げ減少とコロナの売り上げ減少がダブルパンチで来て、人件費は年間100万円くらいあがっている。
そんな中で、被災企業に新たな問題が迫りつつある。早ければ2027年からの「震災前」の借入金返済だ。

国が震災翌年に設置した「東日本大震災事業者再生支援機構」は、二重ローン対策として、金融機関から震災前の債権を買い取った上で、経営が軌道に乗るまで返済を猶予してきた。支援期間は最長15年と定められており、企業はその間に経営を立て直し、機構に返済するか、銀行などから資金を調達して借り換え(=リファイナンス)を行う必要がある。
男性も来年中に機構からの支援期限を迎える。苦しい財務状況で、機構に代わり手を差し伸べてくれる金融機関があるのか、不安が募るばかりだ。
水産加工会社を営む男性:
銀行も含めてどうするのかと。うちの業績が良ければ銀行もすんなりとリファイナンスを受けてくれるが…。資金調達できなければ事業を畳まないといけないんじゃないか。
機構は震災翌年からこれまでに747社を支えてきた。松崎孝夫社長は、「期限の前に6割の企業への支援を完了させた」とした上で、残る300社ほどについて次のように述べた。
東日本大震災事業者再生支援機構 松崎孝夫社長:
支援企業の多くは水産加工業。漁獲高の激減、資材高の高騰が続く厳しい現状で、6割の支援が完了したことはまずまずだと捉えている。銀行にも今の現実を話して、債権の買い戻しをしてくださいという話をしていて、事業者、我々、支援金融機関と三位一体になって、通常取引に戻していきたい。
「着工件数500件が50件に」 建設業にも暗雲
水産業だけではない。グループ補助金で再建した建設会社を営む男性は、将来への不安を口にした。人口減少や震災復興工事の終息に伴い、地域の需要そのものが縮小しているのだ。
建設会社を営む男性:
実際、着工件数が減っているからどうしようもない。地域で震災前は500件あったのが50件しかない。これからのほうが大変、仕事がない。目に見えてるんだ読みも甘かったところはあったかもしれない。
柳井教授は、被災地の企業が抱える問題の本質をこう整理する。
東北学院大学教養学部 柳井雅也教授:
やっぱり震災の影響は残る。ただ問題はそれに色々な事案が累積していくんです。もしも震災がなければっていう問題の立て方にするなら、もうちょっと頑張れたかもしれないっていうのはやっぱりある。だから震災で全部説明するのが難しくても、震災がきっかけになったのは間違いない。
42兆円の先に残された課題
東日本大震災からの復旧・復興に投じられた国費は、東京電力福島第1原発事故への対応も含め、15年間で42兆円に上った。そのうち「産業・生業の再生」には4兆5516億円が充てられた。グループ補助金はその中核的な制度として、多くの被災企業の再起を後押しした。
しかし15年以上が経ったいま、補助金によって整えた設備の維持費、自己負担分の返済、水揚げ減少、人件費の上昇、そして震災前の借入金返済という複数の課題が、同時に企業へのしかかっている。
巨額の復興予算は確かに多くの企業の再起を支えた。だがその道筋を、いまなお探し続けている企業があることもまた、紛れもない現実だ。

