東日本大震災の復興はインフラ整備がほぼ完了し、新たな段階に入りました。仙台放送では今週、巨額の復興予算の使い道を検証する、シリーズ企画『復興検証42兆円のゆくえ』をお伝えしています。2回目の9月1日は「防災集団移転事業」についてです。
石巻市雄勝町の分浜地区。
「お疲れで~す。カンパーイ」
男澤和則さんはこの場所でゲストハウスを営んでいます この日、訪れたのは仙台に住む親戚です。
男澤さんの親戚
「海も近いし、やりたいことやり放題だから最高です」
仙台で暮らしていた男澤さんは3年前にこのゲストハウスを購入し、住所も移しました。
「雄勝の自然に魅かれた」と話す一方で…。
ゲストハウス経営 男澤和則さん
「私も身内、友達に20年経ったら地図から消えるよななんて言ってますけど、だんだんに時計の針が進むがごとく、高齢化が進んで人口が減って、もうすでに始まっていた時計が、すでに動いていた時計があの震災で急にビュンって回ったんだろうね」
分浜地区は津波で大きな被害を受けました。
震災前は100人ほどが暮らしていましたが、今、ゲストハウス以外で住宅は「2軒」のみ。
この地区で震災後、行われたのが、「防災集団移転事業」です。
被災した宅地を自治体が買い取った上で、住民が高台や内陸部に集団で移転するものです。
元々はひとつの地区で「10戸」以上であれば、実施できましたが、東日本大震災では、「5戸」に緩和されました。
住宅の8割が全壊した雄勝町では118億円をかけて、13の地区に民間の宅地と災害公営住宅が193戸整備されました。
宮城県内全体では12の市と町の186の地区で、合わせて8926戸が整備。事業費はあわせて3491億円に上りました。
未曾有の災害となった、東日本大震災。
東京電力福島第1原発事故からの復旧・復興も合わせ、巨額の国費が投じられ、15年間で、その額は「42兆円」にも上りました。
割合をみてみると、防災集団移転事業も含めた「住宅再建・復興まちづくり」が最も多くなり、震災後15年間で13兆6485億円が投じられました。
阿部徳太郎さんは雄勝総合支所で防災集団移転事業に携わり、震災直後から、行政の立場として、住民と向き合ってきました。
雄勝総合支所 阿部徳太郎さん
「今も、将来にも渡って安全な地域、安全な町を未来に渡してやるというのが、私たちの今いる人たちの使命かなというのがあって」
震災後初めて行われた防災集団移転に関する意向調査では、中心部で100世帯以上が移転を希望しました。
しかし、結果的には生活が便利な市街地に人が流れ、およそ600あった世帯数は、30にまで激減。人口も震災前の4000人ほどから、958人まで減り、高齢者の割合は6割にまで上がりました。
雄勝総合支所 阿部徳太郎さん
「残って、ここで生活する人の分をとにかく1日も早く作って、生活の基盤を作ろうというのが、この事業でもあるし、出ていった人たちを何とかしようというのは、その時点ではもうないですかね…。雄勝で生きていきたい、人生全うしたいという人たちが残って一生懸命生活していますので、そこは後悔じゃなくてむしろうれしいというか」
専門家は震災後の集団移転について、次のように指摘します。
帝京大学経済学部 増田聡教授
「取り付け道路とか高台の造成とか、ある程度の規模がないと通常はやらない。だけど今回は5戸でも10戸でもできるということだったし、通常のインフラ整備に比べればかなり効率の悪い場面があった。みんなで一緒に住みたいとか、地域に伝統を残したいとか、それはそれで価値のあることだが、それとお金の換算はどうバランスするかなかなか難しい」
宮城と比較して、工期が短く費用も抑えられた集団移転の手法がありました。
「これも高台移転です」
震災時、岩手県大船渡市の市長だった戸田公明さんが行ったのは『差し込み式』と呼ばれる手法。高台にあった既存の地区の空き地に、団地を小規模に移転するものでした。
元大船渡市長 戸田公明さん
「すぐそばまで道路や電気、電話、水道、あるいは下水施設が来ているということで、比較的簡易に工事が行われる」
1戸あたりの整備費を比較すると、女川町が7269万円だったのに対して、大船渡市の地区では「3237万円」。
工期の平均も女川町の38.8カ月と比較すると、差し込み式では「9.5カ月」と、大幅に短いことが分かります。
結果的に、多くの住民が参加し集団移転が実現しました。
大船渡市元市長 戸田公明さん
「人口減少時代、しかも国としても財政的に余裕のない時代を迎えていますので、できるだけ費用を抑えると。私は差し込み型方式、これうまくいったと思っています」
一方、震災から15年以上が経ち、深刻化する問題がありました。
気仙沼市の南気仙沼地区。
もともと住宅が建ち並んでいた場所には、今も空き地が広がります。
気仙沼市新庁舎建設・財産管理課 小山隆晴課長補佐
「未活用の場所もある。この辺りについては未活用の土地」
気仙沼市は防災集団移転事業で、被災した宅地、およそ116ヘクタールを買い取りました。
公共施設の用地への活用や民間への売買、貸付などを進めましたが、「4割」では、いまだに活用の見通しが立っていません。
しかし、草刈りなどの維持管理費が昨年度、およそ280万円かかりました。
宮城県内全体でも被災した宅地の「2割」が未活用で、年間で900万円近く維持管理費がかかる自治体もあります。負担は重くのしかかります。
気仙沼市新庁舎建設・財産管理課 小山隆晴課長補佐
「復興も落ち着いてきたというところもあってなかなか活用が。結局残っているのはせまい所だったり」
高橋恒子さんは防災集団移転で雄勝町に残ることを選び、災害公営住宅で、娘と2人で暮らしています。
高橋恒子さん
「もう少し何かあればいいんだけど。産業も何もないからね」
それでも、「雄勝で人生を全うしたい」そう考えています。
高橋恒子さん
「幸せっていうより他ないっちゃ。不幸せだって言ったって、もう笑って過ごすより他ないから。私はそう思っているから」
この夏、雄勝町に、久しぶりににぎわいが戻りました。
石巻市内から訪れた人
「もともと地元がこっちだったので、雄勝の方だったので、当時と比べると復興はしたなと思う」
雄勝町で暮らす人
「本当に人口は少なくはなってますけど、ここで楽しく暮らしている子供たちもいるので、子供たちがここに住んでいてよかったなと思えるまちにできるように、大人たちもできることをやっていけたら」
ゲストハウス経営 男澤和則さん
「単純に言うと大好きなんですね。雄勝の町が。定住する人たちがこれからいっぱい増えていくというのは、難しいと思っているので、交流人口というのか、私のやれる範囲のことで少しでもできればとは思っていますね」
震災から15年以上…。
高台に築かれた移転先では高齢化や人口減少に直面しながらも、未来を描くための模索が続いています。
