熊本地震の発生から28日で1カ月です。
発災直後から避難所になっていた熊本・氷川町の氷川中学校には、今も60人ほどの方が身を寄せています。
ただ、これまでの教室から体育館へと移動しました。
というのも来週から学校が再開されるからです。
新学期を目前に控えて、この中学校でも生徒たちの学校生活を守るための様々な取り組み・対策が進められていました。
アナウンス(午後4時27分):
黙とう。
最大震度7を記録したあの日も、1カ月後の28日も被災地は猛暑日でした。
過酷な日々の終わりが見えない被災地の住民に“元の生活”はいつ訪れるのか。
日常を取り戻そうと奮闘する現場を取材しました。
爆発事故で7人が犠牲になった「イオンモール熊本」。
1カ月後の28日も残骸がむき出しのままです。
イオンモール熊本の犠牲者の知人:
なんでこんなことになるのかなって思いでいっぱいで、いつもただお祈りするだけですね。
倒壊した家屋もその多くが手つかずの状態。
住宅の被害は約5万3800棟にも上っています。
倒壊した家屋の倉庫で暮らす人:
今までも今からも一緒たい。大変なことって。今からが長かけん。今までが長かったって思うものおらんで。
様々な傷跡を深く残したまま過ぎた1カ月。
そうした中でも、まもなく小中学校では新学期を迎えます。
榎並大二郎キャスター(8月4日):
こちら、氷川町内の避難所の1つ、氷川中学校です。
地震後、避難所の役割を果たしていた氷川中学校を榎並キャスターが再び訪れました。
榎並大二郎キャスター:
こちら、避難場所として使われていた教室です。今、消毒液を噴霧する消毒作業が行われています。
地震後、段ボールベッドが並んでいたという教室。
今は、再び机や椅子が並べられ、関係者の懸命な作業によって約1週間遅れとなる9月1日からの新学期を迎える準備が整っていました。
そんな3年1組の教室には「今日は“学校に来ることができた”それだけで十分です」というメッセージが書かれていました。
書いたのは担任の堀田健一先生(26)。
生徒との再会を心から願っていました。
氷川中学校3年1組の担任・堀田健一先生:
もともといた家に住めなくなった生徒もいるので、全員揃うか分からないんですけど、僕は学校でどれだけ生徒のために動けるかっていうのを考えて…。
そんな生徒たちが支障なく登校できるよう通学路の確認作業を怠らない先生もいました。
道路の損傷や通行止めなど日々変わる道路状況を地図に書き込み、生徒たちに知らせるのだといいます。
氷川中学校・深田亨一先生(54):
(Q. 目的は?)本校はほぼ自転車通学の生徒なので、一番は元気よく学校に来てもらいたいなという。
新学期以降も体育館は避難所として使われるなど、まだまだ通常通りとはいえない学校生活。
それでも生徒たちは先生の心遣いをしっかりと感じていました。
自習をしに来た中学3年生:
(地震当初は)何もできないような状態だったので、こうやって勉強ができる環境が整ってきているのはすごくうれしい。
そして、氷川中学校よりひと足早く新学期が始まった八代市内の小学校では、子どもたちの笑顔が。
記念写真の背後にある黒板には「思い出つくる」「安心する」「最高」などと、子どもたちによるメッセージも書かれていました。
小学6年生:
大変なことになっちゃったので…、大変でした夏休みは。(でもクラスメートと)会えてとてもうれしかった。
地震から1カ月。
被災地・熊本にもまもなく秋が訪れます。
<フジネットワーク サザエさん募金> 令和8年熊本地震被災地救援
