長く日本の食卓を支えてきた市場(いちば)が、いま岐路に立たされています。
中には伝統を守るために「ユネスコ無形文化遺産」への登録申請を検討する動きも。
揺れる日本の市場事情を徹底取材しました。
■市場は急速に数を減らしている 跡地はタワマンへ
和歌山県の「黒潮市場」。
職人によるマグロの解体ショーが行われ、夏休みの子どもたちが歓声を上げる光景も見られます。
魚、肉、野菜…新鮮な食材が並ぶ市場は、長く日本の食卓を支えてきた存在です。
朝に仕入れた旬の食材を手に取れる市場ならではの魅力は、今も変わりません。
しかし、全国の市場の数は急速に減り続けています。
神戸市垂水区にあった「垂水廉売市場」は、最盛期におよそ80店舗が軒を並べ、兵庫県の特産「イカナゴ」の入荷時には行列ができるほどのにぎわいを見せていました。
しかし再開発に伴い4年前に閉鎖。跡地には現在タワーマンションが建っています。
長年市場に通っていた人は「週に2回は来ていた」「時間が来たら市場へ行って買い物して、ごはんをこしらえて、それが一つの生活のパターンだった。なくなったからさみしいな」と振り返ります。
この市場で90年以上営業し、閉鎖に伴って移転した鶏肉店の店員は、閉鎖に至った経緯を「後継ぐ人がみなさんいなくて、ポコポコ閉めていくから、余計に客が来ないし、老朽化で屋根も雨漏りして、再開発の話がまとまったという感じです」と語ります。
■市場の歴史 神戸市ではピーク時は110ヵ所 今は14か所に…
そもそも日本に多くの市場が現れたのは、およそ100年前のことです。
大正時代の米騒動で市民生活が大打撃を受けたことを契機に、公設の中央卸売市場などが整備されました。
民営の市場もその流れを受けて広がり、神戸市内ではピーク時に110カ所以上が存在していました。
しかし神戸市小売市場連合会によると、現在ではわずか14カ所にまで減少しているといいます。
同連合会の小林清美事務局長は「小売市場にわざわざ買い物に行かなくても、スーパーや生協が地元にたくさんできて、昭和30年代から競争が増えた」と説明します。
灘区にある「畑原市場」も2020年に閉鎖され、現在は”シャッター街”となっています。
■京都・錦市場が直面する”観光地化”の課題
一方、いまも多くの人が訪れる市場もあります。京都の錦市場です。
江戸時代から続くとされるこの歴史ある市場には100以上の店舗が連なり、1日におよそ1万5000人が訪れます。ところが、にぎわいの裏側には深刻な問題も。
200年続く乾物店の店主は「外国の方が増えてきて、日本の方、今まで買い物に来てくれてた方が、減っている感じですかね」と話します。
75年続く鮮魚店も「外国人観光客は食生活が違うから、マーケットを見ていくだけの状態で、食べたり買ったりは少ない」と打ち明けます。
10年ほど前から外国人観光客が増加し、今では日本の客は全体の2割ほどにまで減少しました。
去年12月には創業およそ160年の老舗雑穀店と、長年商売を続けてきたかまぼこ店が相次いで閉店。
【丸常蒲鉾店 初田信行さん】「練り物はなかなか外国人観光客の方には合わないのか、売り上げが落ちた」
地元の人が減ったことで食卓を支えてきた店舗の閉店が相次いだのです。
■「ユネスコ無形文化遺産」に申請を検討
こうした状況を打開しようと、錦市場は9月からある取り組みを始めます。
世界の歴史ある市場と連携し、「ユネスコ無形文化遺産」への共同申請をするかを検討しているのです。
日本ではすでに「和食」や「伝統的酒造り」が登録されていますが、「市場」の登録はまだありません。
京都錦市場商店街振興組合の清水彰事務長は9月から共同申請を主導するイタリアとスペインへ留学します。
【清水事務長】「インバウンドでオーバーツーリズムになっている状況はイタリア・スペインも同じ。一緒に考えていければ、何かヒントがあるんちゃうかな」
組合の宇津康之専務理事も「市場文化をしっかり守りながら、柔軟に変えられるところは変えていきたい」と話し、伝統と変化の”調和”を模索しています。
■100周年を迎えた市場の地道な生き残り策
観光地化で悩む市場がある一方、去年100周年を迎えた神戸市の「灘中央市場」は、客が減る中でも、生き残りをかけた取り組みを続けています。
店の数は最盛期の3分の1ほどになり、シャッターが目立つようになりましたが、古くからある店が市場を支えています。
市場のシンボルとして親しまれてきた「はとぽっち」は、設置当時と同じく20円で動く仕掛けを今も維持し、昭和の雰囲気を漂わせています。
普段は市場に来ない層にその魅力を伝えようと、市場はオリジナルソングを制作。また、空き店舗を活用して中高生が気軽に集まれるスペースも設けています。
若い世代に市場を身近に感じてもらうための、地道な努力が続いています。
■「市場はものを売るだけじゃなく、人が出会ってつながる場所」
取材中、市場本来の価値を改めて気づかせてくれる場面がありました。
メモを片手にお母さんと買い物をしていた小学3年生の女の子。夏休みの自由研究で「灘中央市場の魅力」を調べているといいます。
「灘中央市場のファンだから」という理由で、去年も70人にアンケートを取って研究をまとめた彼女が導き出した結論は、シンプルながら深いものでした。
「市場はものを売るだけじゃなく、人が出会ってつながる場所」。
時代の変化に直面する日本の市場文化ですが、一人の子どもの心をつかんだ何気ない日々の交流こそが、市場を次の100年へとつなぐ、静かなヒントになるかもしれません。
(関西テレビ「newsランナー」2026年8月21日放送)
