大隅半島唯一のデパートとして多くの市民に親しまれた「桜デパート」。その名物だった「桜まんじゅう」が、閉店から30年以上の時を経て、かのや夏祭りの屋台に姿を現した。「懐かしい!買ってたよ」――そんな声が飛び交う中、300個が完売するまでに4時間とかからなかった。

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大隅唯一のデパートが生んだ名物

1953年、鹿児島県鹿屋市に「桜デパート」がオープンした。大隅半島で唯一のデパートとして、買い物の場にとどまらず、絵画展や観光物産展などの催事でもにぎわいをみせ、最盛期には1日の来店者数が1万人を超える日もあったという。

 
 
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屋上には遊園地を思わせる数々の遊具が置かれ、サルもいた。そんな桜デパートは、地元の人々にとって単なる商業施設ではなく、正月の家族の思い出が詰まった特別な場所だった。

その桜デパートの名物が「桜まんじゅう」だ。創業者の立元明光さんが当時、兵庫で人気だったまんじゅうを視察し、「地域を代表する名物商品になる」と鹿屋に持ち帰ったのが始まりとされる。桜のマークが焼き印された饅頭は評判を呼び、多い日には1日2000個が売れるほどの人気商品になった。

しかし1994年、桜デパートの閉店とともに、桜まんじゅうもその姿を消した。

女性会が立ち上がり、復活へ

「懐かしの味をみんなに食べてほしい」。そう立ち上がったのが、鹿屋商工会議所女性会のメンバーたちだ。

鹿屋商工会議所女性会のメンバーたち
鹿屋商工会議所女性会のメンバーたち

復活に向けた準備は、鹿屋市内のカフェでの試作から始まった。レシピや焼き印、焼き台などは、創業者・立元さんの子や孫が大切に保管していたものを借りた。初めて焼き印を押したメンバーは思わず声を上げた。「桜デパートのマークが入りました!」。

「桜まんじゅう」に焼き印が押される様子
「桜まんじゅう」に焼き印が押される様子

販売の場として選んだのは「かのや夏祭り」だ。様々な世代が集まるこの祭りで、地域の歴史や文化を語りながら食べてもらうことがねらいだった。用意した品は黒あん、白あん、サツマイモあんの3種類。1つ200円で、売り上げの一部は熊本地震の被災地に寄付するという形も整えた。

「おじいちゃんから聞いたことがあります」

祭り当日、鹿屋の中心市街地の国道などを約2800人の踊り連が練り歩く中、女性会のメンバーは屋台の準備に追われた。販売が始まると、桜まんじゅうはどんどん売れていった。

「桜まんじゅう」を購入する人々
「桜まんじゅう」を購入する人々

「見たことがなくて気になったので買ってみた。帰って家族と一緒に食べたい」と最初の客が語れば、懐かしさに足を止める年配者の姿もあった。

印象的だったのは、桜デパートをリアルタイムで知らないはずの子供たちも夢中になっていたことだ。ある男の子は「黒あんが好きで、おいしそうだな」と購入を決め、桜デパートのことを尋ねると「おじいちゃんから聞いたことがあります」と答えた。「もしこの時代にあったら?」という問いには「行ってみたいです」と目を輝かせた。

300個、完売

販売開始から約4時間後、「桜まんじゅうは完売しました!」の声が上がった。用意した300個がすべて売り切れた。

鹿屋商工会議所女性会の鶴丸映子会長は、その日の手ごたえをこう語る。「『懐かしい!』とみんな話してくれて。『昔買っていたよ』というお客さんが多かった。よかったです。もし出店の声がかかったら行けると思う。また感想とかもらえたら頑張れると思う」。

桜デパートが閉店して30年以上が経過した今も、桜まんじゅうは地域の記憶の中に生き続けていた。そしてこの夏、実物を知らない令和の子供たちの口にも、その味は届いた。地域の歴史とともに受け継がれる一つの饅頭が、世代をまたいで鹿屋の人々をつないでいる。

【動画で見る▶大隅唯一の百貨店だった「桜デパート」の名物まんじゅうが夏祭りで復活・完売 令和に受け継がれる昭和の味【鹿児島・鹿屋】】

鹿児島テレビ
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