島根スサノオマジックの初代キャプテンとして知られる元プロバスケット選手・石崎巧さんが、2025年秋に島根・雲南市へ移住した。ただ「山の中に住みたかった」と移り住んだこの地で、石崎さんが始めたのは、部活動の地域移行が生む経済的な壁を取り除き、誰もがバスケットを楽しめる環境をつくる取り組みだ。
「バスケやりたいけどできない子たちを1人でも減らしたい」——その言葉は、地域の子どもたちへの真っすぐな思いを映し出している。
「そんなノリで?」移住のきっかけは"山の中"への憧れ
石崎巧さんといえば、2010年に日本代表の看板を引っさげて創設1年目の島根スサノオマジックに加入し、初代キャプテンとしてチームの礎を築いた“レジェンド”だ。その後も海外リーグやBリーグでプレーを続け、2021年に現役を引退。引退後は解説者としても活動し、バスケット界との縁を保ち続けてきた。
現役引退からの約4年間は、かつての所属チームの本拠地・愛知県で暮らしていた。しかしある時、自然豊かな地域で生活してみたいという思いが芽生え、各地をリサーチするなかで雲南市の名前が目に留まった。
「去年10月に移住してきました。雲南市民です」と石崎さんは笑顔で言う。「たまたまです。山の中に住みたいなと思ってて、いろいろ探すなかで雲南市が目について良さそうだなと思って、それで引っ越してきました」。
「そんなノリで?」と聞くと、「そんなんです。僕けっこう人生ノリで決めてるところが多いです」と即答した。その飾らない言葉が、石崎さんという人物の人柄をよく表している。
島根スサノオマジックへの加入という最初の縁から数えれば、これは"二度目の縁"となる島根との結びつき。石崎さん自身も「島根に来ることになり、これも一つの縁だと思います」と語っており、この地に引き寄せられた必然を感じているようだ。
部活動の地域移行がもたらす「機会喪失」
石崎さんが雲南市で取り組みを始めた背景には、全国的に進む中学校の部活動の地域移行という課題がある。これは中学生のスポーツ・文化活動の拠点を学校から地域の団体へと移す国の方針であり、雲南市でも4年前から取り組みが進められてきた。
しかし現場では、多くの問題が噴出している。バスケットボールの現場でも、加茂中学校の外部指導者を務める河角敦夫さんは「本当に難しい。一筋縄ではいかない」と率直に話す。平日の外部指導者の確保をはじめ、課題が山積しており、スムーズに移行できていないケースも少なくない。
保護者からも不安の声が上がっている。「地域移行になれば学校からの援助がなくなる。備品購入費用などを保護者会で賄わないといけない」。これまで学校が負担していた遠征時のバス代、大会の参加料、ユニフォームや用具・備品の購入費などが、すべて保護者や地域クラブの負担へと変わっていく。
この春、部活動から完全にクラブ化した三刀屋サンキングスのヘッドコーチ、安食貴司さんも「助成や補助がないと思ったように遠征に出かけたりする活動を制限しないといけなくなるかも」と同様の懸念を口にする。財政的な制約が子どもたちの活動機会そのものを狭めてしまう可能性がある。
こうした現実を目の当たりにした石崎さんは、移住後まもなく動き始めた。「最初の目的は機会が奪われないこと。バスケやりたいけどできない子たちを1人でも減らしたい」という思いが、新たな挑戦に結びついていく。
独自のリーグを創設 成長の場に
2026年1月、石崎さんは一般社団法人「日月」を立ち上げた。そして中学生を対象としたバスケリーグ「雲南ユナイテッドリーグ」を創設。雲南市内の男女6チームが参加し、リーグ戦を行う仕組みだ。
このリーグの大きな特徴のひとつが、誰でも無料で参加できるイベントを並行して企画していることだ。バスケットボールを通じて、子どもたちに学びと成長の場を提供することを目指している。
3人制バスケットのイベントでは、子どもたちが石崎さんと一緒にいつもの練習とは違うスタイルのバスケットを体験。加茂中学校で開かれたイベントには、隣の大東中学校からも部員が参加し、普段は対戦相手でしかない仲間と同じコートに立った。
参加した中学生の表情は生き生きとしていた。「大東中とか、いろんな学校から来ている。そういうのもめっちゃいい」と生徒たち。別の生徒も「ものすごく楽しいです!いろんな人と関われて、もっと広くいろんなバスケがあることが分かった。こういう機会があったら、めっちゃうれしい」と喜んだ。
異なる学校の仲間と交流し、多様なバスケットの形を知る。それ自体が、子どもたちにとって大きな財産になっている。
地元企業をスポンサーに 74人に「活動支援金」
無料でイベントを運営するために、石崎さんが頼りにするのは地元企業などからの支援だ。自身の知名度を活かしながら、活動への共感を丁寧に訴えてスポンサーを増やしてきた。
こうした支援が形になったもののひとつが、リーグ活動で着用するユニフォームだ。協賛スポンサーのロゴがあしらわれたユニフォームは、企業と子どもたちをつなぐ可視化された絆でもある。
さらに今年度は、リーグに所属する6チームの74人全員に、1人あたり6000円の支援金を届けることができた。金額としては決して大きくはないが、その意味は大きい。「こうやって援助していただけると別のところにもお金がかけられる。保護者にとっては助かっています」と保護者は感謝した。
支援の輪は、地域の大人たちにも広がっている。河角さんは「地域を巻き込んで全体で盛り上がっていこうという感じで、石崎さんは来てくれる。これまでにないような取り組みができていくのではないか。指導者側も視野が広がっていく期待感を持っている」と評価する。
三刀屋サンキングスの安食ヘッドコーチも「石崎さんと一緒になって雲南のバスケットを盛り上げていきたい」と前向きな姿勢を示す。石崎さんひとりの挑戦が、地域全体を動かし始めている。
「自分の手の届く範囲にいる人が笑って暮らせれば」
石崎さんがこの活動を通じて描く未来は、壮大なものではない。でも、確かなものだ。
「みんなでこれを盛り上げていくことで地域に明るい笑顔が出てきたら、すごくうれしい」と石崎さんは語る。そしてこう続ける。「子どもたちがスポーツをしづらい環境が出てきている地域の皆さんで手を差し伸べながら守っていきたいと考えて、こういったイベントを行っています」。
その言葉の根っこにあるのは、あくまで目の前の人々への思いだ。「最初はバスケットに携わる人たちだけかもしれないけど、自分の手の届く範囲にいる人が、笑って暮らせることができれば、それは僕にとって幸せなこと」。
今後はBリーグの現役選手を講師に招いた指導会も予定されており、子どもたちが楽しみながら成長できる機会をさらに広げていく考えだ。
雲南市という地を「たまたま」選んだはずの石崎さんが、今や地域のバスケット環境を支える中心的な存在となっている。部活動の地域移行という全国共通の課題に対して、元プロ選手の知名度と行動力が、地域に根ざした具体的な解決策を生み出しつつある。
「自分の手の届く範囲にいる人が、笑って暮らせる」——その小さくて大きな目標のために、二度目の縁で結ばれた島根の地で、石崎さんの挑戦はこれからも続く。
(TSKさんいん中央テレビ)

