長野県飯田市の85歳の男性が育てたマンゴーがかつてない豊作になりました。独学で育てて約7年。その原点は「変わったことをやってみたい」という好奇心でした。
■85歳男性の挑戦 南信州でマンゴー
赤く色づいた南国の果物「マンゴー」。「世界三大フルーツ」の一つにも挙げられ、その甘さは格別です。
このマンゴーがあるのは南国ではなく「南信州」。
飯田市座光寺の滝沢正十三さん(85)が温室ハウスで育てています。
マンゴーを育てる・滝沢正十三さん:
「収穫ができるのが一番楽しい。手間がかかるというか、手をかけないとだめ。かけるほどいいものができます」
■高さ12mの特製ハウスで3品種
ハウスがあるのは、滝沢さんの自宅からすぐ近くの場所です。
高さは12メートル、広さは約100平方メートルある、特製のハウスです。
育てているのは、大型の品種で、重さ2キロほどにもなる「キーツ」と、黄色い皮の「ナムドクマイ」、それに「アーウィン」の3種類です。
マンゴーは完熟すると自然に枝から落ちるため、傷が付かないよう一つ一つをネットで包み、支柱からひもでつるして大切に育てています。
滝沢正十三さん:
「(最低)5、6℃以上に(温度)はしておかないと、冬でも。実のなり方、量によって温度を変えていく、それ(調整)が大変」
栽培の大変さを話す滝沢さんですが、実は約10年前まで農作物を育てた経験はありませんでした。
■元社長、農業経験はゼロ
滝沢さんは、1961年に飯田市座光寺に精密部品の加工・製造を行う会社を設立。
40年ほど前に高森町に本社を移し、社長を務めた経験もー。
10年ほど前から引退を考え、何をしようか考えていたところ、趣味でバナナを育てていた知人から、苗木をもらったことを機に温室ハウスを建て栽培をスタート。
初めての経験でしたが、知人に教わりながら育てたところ、あまりにも順調に育ってしまいー。
滝沢正十三さん:
「なんとなくバナナだけでは面白みがないと思って、マンゴーをやってみたらどうかと、何か変わったことをしようと思って」
■独学で挑戦 忘れられない味
7年ほど前からは同じ南国フルーツである「マンゴー」に栽培のメインをシフト。宮崎県の業者から苗木を取り寄せて育て始めました。
しかし身近に詳しい人もおらず―。本を読んで、独学で育ててきました。
ハウス内には2台のボイラーを設置。冬場でも最低気温が5℃を下回らないようにしています。
初めて収穫したのは苗木を植えてから2年後でした。
その時、食べたマンゴーの味は、「今でも忘れられない」と話します。
滝沢正十三さん:
「知り合いと一緒に食べたことをよく覚えています。やっぱりおいしかった」
■2026年は豊作 100個も実る
栽培をはじめてから約7年。
栽培への情熱が実を結んだのか、2026年はかつてない豊作に。過去最多の100個ほどが実りました。
滝沢正十三さん:
「今年は初めてよくできた。毎年5個か6個なっていたが(今年は)大体100個。どうしてですかね、(理由は)ちょっと分かりません(笑)」
順調に育ったマンゴーを特別に試食させてもらいました。
(記者リポート)
「おいしい!とろけるような食感で、豊かで芳醇な甘さが口いっぱいに広がります」
■あくまで趣味、販売はせず
滝沢さんにとって栽培はあくまで「趣味」。バナナもマンゴーも売ったことはなく、収益にするつもりはないといいます。
滝沢正十三さん:
「もう『おいしい』と好評で、言われたままで喜んでいる。『売ってくれ』って来るんですけど、金額のつけ方が分からない(笑)」
「変わったことをやってみたい」。
滝沢さんの好奇心はバナナやマンゴーだけでなく、それ以前にこんなこともやっていました。
滝沢正十三さん:
「ゴルフの練習場も小さいですけどやっています。(昔は)料理屋さんがたくさんあった。今は1軒もなくなっちゃうくらい(に減った)。これはつまらんなと」
社長時代には部品の加工・製造とは全くの畑違いである懐石料理店を飯田市で開業したほか、会社の近くには社員や近隣住民の要望に応えゴルフ練習場までつくってしまいました。
■「まだまだ頑張りたい」
滝沢正十三さん:
「やったことのないことをやるというのは、自分に新しいことを植え付ける。そういう感じがしてくるので自分は好き」
好奇心からいろいろなことを始め、今はマンゴー栽培が、毎日の楽しみになっているといいます。
マンゴーを育てる・滝沢正十三さん:
「ここに来るのが楽しみで、1日のうち2度は来て温度を見ている。どこも行けないんですよね(笑)。もう何年できるか、まだまだ頑張ってやってみたいと思う。おいしいマンゴーをもう少し作りたいな」
