6月21日は国指定の難病「ALS」への理解を深めるため定められた「世界ALSデー」です。

ギターを弾くこちらの男性、島根県浜田市の松本裕樹さんは、この病気の患者のひとりです。
神経細胞が働かなくなり、自分の意思で体を動かすのが困難となるこの病気、松本さんは音楽活動を通して自分を見つめ、病気と向き合う日々を過ごしています。

6月6日、益田市の音楽スタジオ。
ギターを演奏するのは松本裕樹さん、63歳です。

ブルースバンドのメンバーとして、定期的にライブのステージに立っています。

バンド仲間は:
ロッカーですね。魂で音楽する人です。リードギター。

奇跡のギタリスト・松本裕樹。
バンド仲間から「奇跡のギタリスト」と称賛される松本さん。

そのわけは…。

松本裕樹さん:
杖をつかずに歩くのは絶対無理だし、しゃべるのも、どんどん悪くなっている。

病気と闘いながら音楽を続けるスピリット、その生きざまです。

松本さんの病気は、ALS・筋萎縮性側索硬化症。
国指定の難病で体を動かす指令を伝える神経細胞が働かなくなり、自分の意思で体を動かすのが困難となる進行性の病気です。
全国に約1万人、山陰両県にも約150人の患者がいるとされています。

松本さんは長年、県外で働いていましたが、2021年にALSが発症したのを機にふるさとの浜田市にUターンしました。

松本裕樹さん:
やっぱり一番は呼吸系が弱ってきている。1人で歩くってのは家の中以外は無理。

こちらは、初めて松本さんを取材したときの映像。
それから4年が経った今は…。

松本裕樹さん:
歩くと言ったら、この間とトイレやお風呂に行く時かな。

病状は日に日に進んでいます。
そんな病気と向き合う日々、松本さんが生きがいにしているのが音楽です。

2022年、初めてのアルバムを制作。
2025年は音楽仲間と共同制作したアルバムをリリース。
そして6月から配信も始め、売り上げの一部を能登半島地震の復興支援の寄付に充てることにしています。

そして、その活動は音楽以外にも…。

松本裕樹さん:
ALSに罹患された患者さんの中には非常に早い進行をする方もいらっしゃるので、大げさではなくて、今すぐ終活をしてくださいと言われました。すごくショックでした。

この日は出雲市の島根県立大学で看護を学ぶ80人の学生を前に講演しました。
自身の体験を通して、ALSについて知り、病気への理解を深めてほしいと年に数回、学校や施設を訪問。
リアルな闘病体験などを伝えています。

松本裕樹さん:
患者さんに「気を遣う」んではなく「気を配ってあげて」本当に優しい気持ちを持ち続けて接してもらいたいなと思います。

学生:
告知を受けた時に、どういう思いだったのか想像だけでは補完しきれないので今回、貴重なお話しが聞くことができました。
申告されて絶望したみたいな話しを聞いて、やっぱそうだよねって思っていたんですけど、自分で気持ちを立て直しておられるところに気持ちの強い方だなと思いました。

音楽は、松本さんに新しい出会いももたらしました。
介護士の宮下ちあきさん、2023年に松本さんと知り合い、ユニットを結成。
時々、松本さんの自宅でギターを練習しています。

松本裕樹さん:
人生最後のパートナーですが、彼女はどう思っているか。

宮下ちあきさん:
誰でも何かしらあるので、そのくらいのことと思わないと、この方とはお付き合いできない。みんな、そうだと思うんですよ。ちょっと転びやすいおじちゃんと思ったほうが楽しい。

自身のバンドだけでなく、宮下さんとのユニットでも積極的に音楽を続けています。

ALSの確定診断を受けてから7年。
松本さんは避けては通れない関門が迫っていることも確信しています。
「命の選択」です。

呼吸が困難になっても人工呼吸器を装着すれば、命を長らえることができます。
ただ、意識や思考力は保たれるものの外部との意思疎通が極めて困難な状況をやがて迎えることになります。

松本裕樹さん:
近い将来に僕も呼吸困難に陥る予定です。
その時に人工呼吸器を付けて生きるのか、もうその時点で諦めるのか、その選択も日々ころころ変わるんです。
毎日決意を更新しながら、ただ根っこは世のため、人のためにできることをしようと思っています。

奇跡のギタリスト松本裕樹さん。
日々、進む病気と戦いながら生きる勇気を見つける、残された一日一日を大切に生きています。

松本さんは6月21日の世界ALSデーも、浜田市でライブを行いました。
日々進行していく病気と向き合いながらも新曲の制作などこれからも音楽活動を続けていきたいとしています。

TSKさんいん中央テレビ
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