81年前の沖縄戦で日本軍の野戦病院として使用されていた糸洲第二外科壕跡で20日慰霊祭が執り行われました。
糸満市にある糸洲第二外科壕は、ひめゆり学徒らが避難した壕で、1945年の6月18日にアメリカ軍の攻撃にあい、兵士や住民などが命を落としたという証言が残されています。
慰霊祭は45年以上前に壕の存在を確認し、遺骨収集に携わった関係者らが毎年開いていて、きのうは県の内外から約30人が参列し、犠牲者に祈りを捧げました。
守魂の塔慰霊祭実行委員・榎本恵共同代表:
平和って誰かが、小さくなったとしても言い続けないといけない
慰霊ということが私たちにとっての平和運動だと思っています
参列者は慰霊祭を通じて戦争の記憶を受け継ぎ、平和への思いを新たにしていました。
