老いや認知症をテーマに活動する劇団「OiBokkeShi」の看板俳優で“おかじい”の愛称で親しまれ、2026年3月に99歳で亡くなった岡田忠雄さんの「お別れの会」が5月17日、岡山市の岡山芸術創造劇場ハレノワで営まれた。
「舞台はいのち」。
生涯現役を貫いた”おかじい”の役者魂は残されたメンバーに受け継がれていく。
◆100歳記念公演で立つはずだった舞台で営まれた「お別れの会」にはおかじいを愛し、愛された人が参列した
「お別れの会」にはおかじいを愛し、おかじいに愛された人たちが参列。最後の別れを惜しんだ。
劇団「OiBokkeShi」主宰・菅原直樹さんは、”おかじい”にこう語りかける。
「あなたはスターです。これからも私たちを見守ってください。あなたの温もりを感じることができないのが寂しいけれど、でもまた天国で舞台をつくりましょう。ありがとう!おかじい」

◆岡田さんは亡くなる前日までベッドの上で舞台への意欲を燃やしていた
「舞台、いのち、いのち」
おかじいは亡くなる前の日まで、病室のベッドに横たわりながらも拳を高く突き上げ、舞台への意欲を燃やしていた。

◆劇団のワークショップ参加、妻の介護、菅原さんとの出会い…看板俳優“おかじい”の誕生へ
2014年6月。岡田忠雄さんは88歳。
この日、劇団「OiBokkeShi」のワークショップに参加しなければ、看板俳優“おかじい”は誕生しなかった。
きっかけは認知症を患う同い年の妻の介護だった。
2015年にOHKが取材した当時、岡田忠雄さんは介護にあたっての悩みをこう打ち明けてくれた。
「「お世話になりました、退職します」とわしに言う」
いったい誰に話しかけているのか、という内容の会話を始める妻を見て、これは漫才か、と驚いたという岡田さん。
本当の会話ができなくなったことを嘆いていた。
そんな中、OiBokkeShiの主宰・菅原直樹さんに出会い、「間違いを正すことよりも、演技して合わせた方が相手の感情に寄り添える」ことを知ったという。
「(ノックの音)どうぞ、どうも監督、ご苦労さま」
「迎えに来ました」
「監督」「おかじい」と呼び合う菅原さんと岡田さん。年齢差57歳とは思えない息の合ったパートナーだった。

◆高松市で生まれた岡田さん 大尊敬・今村昌平監督「黒い雨」の岡山ロケにエキストラ出演 自慢の品も…
1926年5月、高松市に生まれた岡田さん。子供の頃から映画が大好きで俳優に憧れていたという。就職を機に岡山市に移り住み、定年退職後は、岡山で撮影された映画にエキストラなどで参加するようになった。
今村昌平監督の映画「黒い雨」にエキストラ出演したことがある岡田さん。菅原さんに、そのエキストラ出演時に今村監督からもらった色紙を自慢気に見せていたことも。
その色紙には「狂気の旅に出た」という言葉が記されていた。

◆88歳で俳優デビューした岡田さん「俳優に定年はない。最後は棺おけに入った役ができる」と生涯現役を宣言
おかじいの俳優デビューは88歳の時。
岡山・和気町などで行われた認知症徘徊演劇「よみちにひはくれない」以来、OiBokkeShiの看板俳優として自身の介護経験や生前葬を題材にした作品などに出演した。
菅原さんが印象に残ったのが「俳優に定年はない」と語っていた岡田さんの姿。
さらには「歩けなくなったら車いすの役ができる。寝たきりになったら寝たきりの役ができる。最後は棺おけに入った役ができる」とも語っていたという。
「こんなことを言える俳優がいるんだ」と驚いたのだそうだ。

◆100歳記念公演に向け稽古が始まった矢先、襲った病魔。舞台に立たぬまま帰らぬ人に
岡田さんは文字通り、舞台にいのちをかけてきた。
2025年7月、99歳で臨んだ福岡県久留米市での舞台「恋はみずいろ」が最後の出演となった。
2026年3月。
5月に「ハレノワ」で行われる100歳記念公演に向けて稽古が始まった。
しかしその矢先、脳梗塞で倒れて入院。帰らぬ人となった。

◆劇団の主宰として、長年のパートナーとして…菅原さんは岡田忠雄さん最後の舞台で「監督」を演じる
おかじいの最後の舞台「お別れの会」。
菅原さんは、
「目も耳も悪くなり、歩くことも難しくなり、認知症のような症状が出始めても、あなたの舞台にかける情熱は変わりませんでした。むしろ、その思いは強くなり、現実を舞台に結び付ける力が増してきました」
「年を重ねていく岡田さんといつまで舞台をつくることができるのだろうか、しかし、そんな不安を突き飛ばしてくれるのは、岡田さんの「舞台はいのち」という言葉でした。高く突き上げる拳でした。その姿によってあなたの“狂気の旅”にともに突き進もうと思えるのでした」
「私はあなたの出演する舞台の監督でした。そして、あなたの人生という作品の出演者でした。あなたに与えられた監督という役をこれからも演じ続けたいと思います。そして、あなたが生き方を通じて見せてくれた演劇の力を、演劇の喜びを多くの方々と分かち合いたいと思います」
という長ぜりふを読み上げ、おかじいとの「二人芝居」で監督の役を演じきった。
