天然木の端材と、食肉副産物である豚や馬の毛を活用した究極のエコ歯ブラシ「turalist」。この歯ブラシを製造する株式会社プラス(大阪府東大阪市)を2020年に立ち上げたのは、日用品や食料容器、工業部品、医療検査キットなどのプラスチック成形を受託する株式会社新進化学(大阪府東大阪市)の村中克社長だ。天然素材という分野外の加工に乗り出す上でのさまざまな葛藤や苦悩を抱えながらの船出。職人が一本ずつ製作するこの歯ブラシは、設備能力の限界もあって月産能力が150本とわずかながら、累計販売で4000本を突破した。もともとは、プラスチックが環境悪と指摘され始めた流れを発端として始まったプロジェクト。ホルムズ海峡封鎖でプラスチック原料の供給確保が不透明な中、村中社長は「正直、今回の中東情勢のような事態までを予想していたわけではなかった」とするも、「やはり、企業は可能な限り、素材の見直しや多様化を模索しないといけない時代だ」と現状を見る。環境・コスト・社会情勢― 複数の要素が絶え間なく変化するモノづくりにおいて「正解はない」。しかし、考え続けて変化することは必要だと語る。
衝撃的だった「ストローが鼻に刺さったウミガメ」の写真
とことん環境にやさしい製品をつくったのは「もはや意地」
いかにして社員の生活を守るか? 村中社長が絶えず思考の中心に置いているのはこの問題だ。快活な語り口からは想像しにくいが、実は心配性でもある村中社長。3Dプリンターが世の中で誕生した際にも、仕事がなくなるのではないかと悩んだという。不安が限界値を超えたのは2015年。「ストローが鼻に刺さったウミガメ」の衝撃的な写真が世界で広まり、プラスチックが海洋生物に与える悪影響が指摘され始めたことだ。プラスチックは軽量で安く、便利であることは間違いない。しかし同時に、環境に負の影響もあるという現実と向き合わざるを得なかった。
「プラスチック製品がなくなることは考えられない。しかし、使い方や素材を見直す時期に来ている」と潮目の変化を感じた村中社長だが、「何をしたらいいのか、常にモヤモヤしていた」と当時を振り返る。光明を見いだしたのは、オーストラリアでの出来事だった。新進化学の成形品で数量が最も多いのは歯ブラシ。「職業病なのか、仕事でも私事でも、海外を訪れた際には歯ブラシの売り場をつい覗きに行ってしまう」という村中さんの目に留まったのが、竹製の歯ブラシだった。「それが、特別扱いの陳列などではなく、普通にプラスチック製の歯ブラシと並んで売られていて驚いた」。
日本国内で、木製の歯ブラシが広く流通していたのは戦前。技術や設備に当てがあるわけではないが、「これだ」と感じた村中さんは、「どうせなら、とことん環境にやさしい製品を」と動きだした。「もはや意地」。生業であるプラスチックが世間に否定される風潮に葛藤を抱えながら、社員と会社をなんとしても守っていきたいとの想いを原動力としていた。
天然毛の加工技術を持つ企業が廃業を予定
「いっしょに歯ブラシをつくってみないか?」と誘い新会社を設立
「歯ブラシの仕組みはよく知っているし、すぐつくれる」。こう意気込む村中社長を待っていたのは、形状が同じでも素材が違えば別物と言っても過言ではない、モノづくりの難しさだった。溶かした樹脂を金型に流し込んで成形するプラスチックの歯ブラシの柄は、コンピューター制御でほぼ同じものが生み出される。しかし、天然木を加工するとなると、材料の反り、硬さも少しずつ違う。
ただ、モノづくりは1社完結である必要はない。幸いにも、大阪府東部は製造業の集積地であり、あらゆる分野の加工のプロフェッショナルが存在する。村中社長は、東大阪市に隣接する大東市でオーダーメイド家具の工房を構える株式会社山﨑木工所に白羽の矢を立て、turalistの竹製の歯ブラシの柄の加工を依頼した。
竹製の柄はほどなく完成。しかし、これは柄の最終形ではなかった。「椅子製作の過程で出るブナの端材を使って歯ブラシを作ってみないか」。山﨑木工所からのブラッシュアップ提案があったのだ。本来なら廃棄される木の端材を使えば、環境にはより良い効果が得られる。素材は竹からブナへと変更された。モノづくりの過程では、時に、こだわりがこだわりを呼んで共鳴する瞬間がある。握りやすく美しいフォルムや、オイルフィニッシュにえごま油を使って木の模様を残しつつ耐水性をも持たせたturalistの柄はこうして生まれた。
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柄が完成しつつある時期、村中社長は、次の工程として天然毛の植毛やカットができる企業を探し始めた。どうせなら、とことんエコ。食肉用として育てられ、廃棄される馬や豚の毛の活用を図った。天然毛は長持ちするというメリットもある。通常のプラスチック製歯ブラシが1か月程度で毛が開いて交換を必要とするのに対し、天然毛は早い人で2カ月、丁寧に使用すれば長い人で1年程度使用できるという。
「縁なのだろうね」。村中社長が探していた技術と機械を持つ企業は、灯台下暗しで、取引先の中にあった。時はコロナ禍。廃業予定の連絡をしに来たブラシメーカーに、天然毛を扱う技術と機械があることを知った。「いっしょに、自然素材のみの歯ブラシをつくらないか?」 唐突とも思える提案だが、その会社の社長は「間違いなくいいものになる」と直感したという。後に株式会社プラスを設立する際、社長となる中山正三さんだ。そこに、植毛職人歴40年の西本隆子さんも合流し、製造体制は整った。
手作業で切り出される木製の柄は、1本ごとに、あけられた穴の位置、大きさ、向きが微妙に異なるが、個性を瞬時に見極めて的確に毛を植えていく西本さんの職人技は圧巻。中山さんが、植えた歯ブラシの毛先をカットする分業の体制を敷いている。実はturalistに採用されている「斜めカット」は中山さんの発案。口の奥まで届いて磨けるように考えられた形状だ。
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つくったものの・・・
「これ、本当に世に出していいのだろうか?」
多くの人を巻き込み、完成を遂げたturalist。当時、達成感を味わえる場面と時期にもかかわらず、村中社長が感じたのは恐怖だったという。「これ、本当に世に出していいのだろうか?」。夜も眠れず、仕事で会社に出ても集中できない日が何日も続いた。新進化学は日用品などのメーカーから成形を請け負う企業で、歯ブラシメーカーは顧客だ。「メーカーとして顧客と同じ立ち位置になる事業を始めていいのか?」。そう考えたのだ。年間数億本にのぼる国内市場の中で、手作業でつくる特殊な歯ブラシの新興メーカーが影響を及ぼす範囲はわずかにすぎない。しかし、それでも商慣習や従来の立ち位置から外れた、と非難されて仕事を切られるリスクが頭から消えなかった。また、「生業であるプラスチックの否定になるのではないか?」との葛藤もあった。
しかし月日をかけて構想をあたため、多くの人に協力を仰ぎながら実現した歯ブラシ。既に、環境関連の展示会への出展も申し込んでいた。「どうしたものか?」。迷う村中社長の気持ちをさらにかき乱すように、コロナ禍の長期化で、申し込んでいた展示会は延期が繰り返され、発売するか否かの迷いも長く深くなっていった。一方で、社会ではSDGs(持続可能な開発目標)やロハス(健康と地球環境を重視するライフスタイル)に目を向け始める層が拡大。オーストラリアで見たような竹の歯ブラシを商品化する国内企業も出始めた。ビジネスとしての機は既に熟していて、あとは決断するだけ。村中社長はturalistを世に出すことを決断した。
新進化学が創業から変わらず掲げている経営理念は「存在価値があるものを提供する」だ。プラスチックであれ、木と天然毛であれ同じこと。「なんのこっちゃない。モノづくり企業として大切にしてきた軸からまったく外れてはないのです」。そして企業がつくり出した製品を判断するのは消費者だ。発売から約4年半。徐々に市場で浸透し、新聞やTVでメディアに取り上げられることも増えた。村中社長は「最近になってようやく、turalistはプラスチックの否定ではなく消費者の選択肢の拡大だ、と吹っ切れた」とし、歯ブラシの個展を開く企画を立てた。
歯ブラシと職人を主役にした個展
存在価値を判断してもらうには、知ってもらう必要がある
個展は戦前の希少歯ブラシから未来素材の創作歯ブラシまでを展示し、日本のモノづくり、素材、地域資源、そして作り手の思想を伝えるものだ。歯磨きは健康や衛生に深く関わる行為であることは認識されているが、あまりにも当たり前の日常の行為でありすぎて、道具である歯ブラシもスポットライトを浴びる機会はこれまでほとんどなかった。また、天然毛を加工する機械や、その技術を持つ職人は国内ではいまや少なく、turalistの製造が、技能承継、設備更新などで中長期の課題も抱えているという現実も、個展開催の動機の1つだ。存在価値を判断してもらうには、まずは知ってもらう必要がある。
個展は、株式会社プラスの主催で6月5日~10日、Morcミュージアム(東京都杉並区阿佐谷北2丁目11-2 cafe天人唐草2階)で開かれる。
個展『「歯ぶらし」と「つくる人」と』の概要はこちら↓
https://claude.ai/public/artifacts/f5dcabfe-87a8-41fd-ab74-180c3049ee24
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