震災から15年。福島県浪江町・双葉町に「福島県復興祈念公園」が開園した。津波と同じ高さに作られた丘や、震災前の形を遺した集落跡。あの日を忘れないための工夫が凝らされた園内には、かつての住人たちの願いが込められている。

犠牲者に思いをはせる

2026年5月2日、福島県の浪江町と双葉町に整備された福島県復興祈念公園が開園した。
震災の記憶を伝えるために、福島県と国が連携して整備を進めてきたこの施設は、当初、4月25日に開園予定だったが後発地震注意情報の発表を受け延期されていた。
大型連休中の開園となったが多くの人が訪れ、15年前に思いをはせた。

公園を訪れた人が献花
公園を訪れた人が献花
この記事の画像(5枚)

訪れた人は「50年前に一緒に働いていた友達とか、その家族とかも色々被害に遭っていますので、50年ぶりに伺って、献花してきました」「亡くなられた方には、本当に痛ましいことだった。生きている我々が、その分も思いを胸に生きていかなくては」と話す。

震災・原発事故の記憶

犠牲者を追悼するための献花台が整備された丘は、あの日の津波の高さと同じ16.5メートル。波や風など自然の音が聞こえるように、内部が吹き抜けとなっている。
また、原発事故後に長期避難を余儀なくされた集落などもほぼ同じ形で残された。

福島県復興祈念公園
福島県復興祈念公園

金子国土交通大臣は「国内外の多くの方々に福島への想いを寄せていただき、様々な人をつなぐ心のよりどころとなり、復興への強い意志を発信していく場となることを心から願って止みません」と語る。
また福島県の内堀知事は「これから福島が逆境・困難を乗り越えて希望をつかもうとしている、そういう地なんだということを実感することができるよう、積極的に取り組んで参ります」と話した。

災害の教訓を伝える

この公園の完成を心待ちにしていた人がいる。公園がある浪江町両竹地区に自宅があった、竹添武さんだ。
かつて竹添さんが行政区長を務めていた地区には、27世帯が住んでいたが、建物は全て流され、10人が犠牲になった。
「完全に足の踏み場もないっていう感じ。家がありましたけど、この地区の家じゃなくて、別の地区から流されてきた家がそっくりありました」と竹添さんは当時のことを語る。

竹添武さん
竹添武さん

集落が確かに存在していた“証”として、地区の住民の名前などを刻んだ石碑を建てた竹添さん。
自身や家族は津波から避難して無事だったが、原発事故により今も福島県郡山市での避難生活を続けている。
竹添さんは「私たちはここで生活してたんだと。だから次世代には伝えていきたいと思います。必ず地震・津波があったら高いとこに逃げろって、それしかないですね」と話した。

公園内にはかつての集落が遺される
公園内にはかつての集落が遺される

震災と原発事故から15年。記憶の風化も懸念されるなか、国の内外に「福島のいま」を発信し、未来へと教訓をつなぐことが期待されている。
(福島テレビ)

福島テレビ
福島テレビ

福島の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。