「公害の原点」といわれる水俣病は、1日で公式確認から70年を迎えました。
熊本県水俣市では慰霊式が開催され、鹿児島県知事としては20年ぶりに塩田知事も参列しました。
未だに多くの人が被害を訴える水俣病。
70年がたった今も被害者団体と国の間の溝は埋まらないままです。
黙祷
1日で公式確認から70年を迎えた水俣病。
水銀に汚染された海を埋め立てたエコパークには患者や遺族、石原宏高環境大臣など約800人が参加し、犠牲者に祈りをささげました。
また鹿児島県知事としては2006以来、20年ぶりに塩田知事も参列しました。
式では水俣病の認定患者である緒方正実さんが。つらい思いをした70年を振り返りました。
患者・遺族代表・緒方正実さん
「水俣病によって大切な家族を亡くしたり、自ら健康被害を受けたり、怒りや不満を並べれば言い尽くせないほど、長い人生を私自身経験してきました」
そして石原環境大臣は、改めて水俣病の拡大を防げなかった国の責任について陳謝しました。
石原宏高環境大臣
「お亡くなりになられた方々やそのご遺族の方々、そして、健康被害や地域に生じたあつれき、差別や偏見などに苦しまれてきた皆様に対し誠に申し訳ない気持ちです」
鹿児島県内でも出水市や阿久根市などで493人が水俣病に認定されています。
70年という節目の年に塩田知事は。
塩田知事
「こうした事を二度と起こさない、差別・偏見がないように普及・啓発もしていきたいという思いを新たにした」
慰霊式に先立ち行われた被害者団体と石原大臣による懇談会では、長島町獅子島の被害者の会の滝下秀喜会長らが面会し、離島手当の加算や歴史を後世に伝えるための記念碑の設置などを求めました。
水俣病被害者獅子島の会・滝下秀喜会長
「これからも引き続き離島手当、医療手当について要求・要望していきたい。水俣病はまだまだ終わっていません。これからみんなで一緒に水俣病の生存者、被害者が残っている中で少しでも前進できれば」
そのほかの被害者からは幅広い支援や救済を求める要望がだされましたが、大臣らは、「適宜検討する」という発言にとどめ、従来の国の見解を変えることはありませんでした。
県内では現在も986人が水俣病の審査待ちの状態で、未認定患者が国などを訴えている集団訴訟も各地で続くなど、70年の歳月が経過しても爪痕の深さを感じる節目の年となりました。