一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。
今回の舞台は東大阪市。
無料の公園でありながら、大阪市内を一望できる穴場の夜景スポット「東石切公園」からスタートです。
【兵動大樹さん】「すごい一望できますよね。あの高いのがあべのハルカス?」
後ろには近鉄奈良線が走り、まっすぐ目を向ければ近鉄けいはんな線も見える、鉄道好きにもたまらないロケーションです。
そんな絶景を背に、兵動さんに渡された写真は1967年(昭和42年)に撮影されたもの。
トンネルらしき構造物と、草に覆われた古い線路、そばを走る電車が写っています。
【兵動大樹さん】「これもまた味ある写真やなあ。これはなんとも言えん、すごくいい写真」
果たしてこの場所はどこなのでしょうか?
■元気すぎる子どもたちと83歳の大先輩からの手がかり
公園で聞き込みを開始した兵動さん。
すると、遊びに来ていた子どもたちが一斉に集まってきました。
【兵動大樹さん】「昭和42年の写真やねんけど、これなんか分かったりする?」
すると子どもたちの中から「旧生駒トンネル!」という声が。
さらに別の子は「今携帯持ってないから調べへんかも」と、現代っ子らしい一言も飛び出しました。
続いて出会った83歳の女性からは、さらに貴重な情報が飛び出します。
かつて「孔舎衙坂(くさえざか)」という近鉄の駅があり、その近くに今は使われていない”幻のトンネル”があるというのです。
【83歳の女性】「遠足で孔舎衙坂行ったから、これとちゃうかな」
”幻の路線”と”幻のトンネル”。写真の謎がだんだんと輪郭を見せ始めました。
■ほぼフルベット!社運をかけたトンネル
石切駅から坂を上がり、現在の生駒トンネルの左側へ向かうと、どうやらこの先に旧生駒トンネルがあるようです。
近鉄に連絡を取ると、なんと担当者が駆けつけてくれ、特別にトンネルの中を案内してもらえることになりました。
旧生駒トンネルは、近鉄の前身である大阪電気軌道が1914年(大正3年)に開業させたもの。
大阪と奈良を最短距離で結ぶために、ほぼ手掘りで2年10カ月かけて建設されました。その全長は実に3388メートルです。
【広報・宣伝部 木本和彦さん】「当時は大阪電気軌道で、生まれたての資本金300万円の会社がこのトンネルだけで270万使って」
【兵動大樹さん】「もうギリギリやん」
【広報・宣伝部 木本和彦さん】「以降は会社は火の車。存続が危ぶまれた」
資本金のほとんどを一本のトンネルに注ぎ込むという、まさに社運をかけた大プロジェクト。しかしこの決断があったからこそ、大阪と奈良が短時間で結ばれ、人や物の往来に大きく貢献したのです。
■レンガ造りのトンネル内部に驚きの連続!
ヘルメットをかぶっていよいよトンネルの中へ。
壁面にはイギリス積み工法で積まれたレンガが、100年以上の時を経てなお美しく残っています。
長手のレンガと小口のレンガを交互に積んでいく伝統的な工法で、場所によって積み方が変わるのも見どころです。
さらに驚くべきは、西と東の両方から掘り進めて貫通した際の誤差がわずか15センチだったということ!
【兵動大樹さん】「もうほぼズレてへんやん!」
【広報・宣伝部 木本和彦さん】「今と違って測量機器もそんなええもんじゃないです。それで15センチ、私もびっくりしましてね」
現在、生駒山の下にはトンネルが3本走っており、この旧トンネルは奈良線とけいはんな線のトンネルで万が一何かあった際の避難経路として活用されています。
さらに、気温と湿度が年間を通じて一定であることを利用して、日本酒やワイン、農産物の貯蔵にも使われているそうです。
このトンネルは、おそらくまだ100年は優に使えるのではないかということです。
■まさかの展開!写真の場所は奈良県側だった
ここで衝撃の事実が判明します。
旧生駒トンネルが廃止されたのは1964年(昭和39年)。写真が撮影されたのは昭和42年。つまり、この写真の中でトンネルから電車が出入りしているのはおかしいのです。
【兵動大樹さん】「これほんまやばない? ほな、この写真は旧生駒トンネルの写真ではないってことですか?」
【広報・宣伝部 木本和彦さん】「旧生駒トンネルには間違いないです。けどこの坑口、いわゆるトンネルの口の場所が大阪型と違って奈良県側、いわゆる生駒型の坑口になります」
兵動さんのいる場所から約4キロ近く歩けば着くというのです。
■幻の孔舎衙坂駅
奈良県側に向かって歩く途中、幻の孔舎衙坂駅を見つけることができました。
いまもホームの面影を残していました。
孔舎衙坂駅のあたりは、日下遊園地や日下温泉があり、賑わっていたそうです。
1914年(大正3年)に日下駅が開業し、その後、鷲尾駅に改称され、1940年(昭和15年)に孔舎衙坂駅に改称されたということです。
孔舎衙坂駅は旧生駒トンネルが廃止される1964年(昭和39年)まで利用されていたのです。
■いまだ活躍する旧生駒トンネル
奈良県側にたどり着いた兵動さん。
奈良県側では旧生駒トンネルの入口が改築され、けいはんな線として再利用されていました。大阪側は廃止されていても、奈良側は形を変えて現役だったというわけです。
トンネル入口部分は現在駐車場で覆われているため直接見ることはできませんが、兵動さんは生駒駅のホームから写真に最も近い構図で撮影しました。
【兵動大樹さん】「旧生駒トンネルでしたけど、なんと場所は奈良側でした。皆さんもぜひ、ここのトンネル通るときはちょっと思い出してください」
資本金300万円のうち270万円を注ぎ込んで作られた旧生駒トンネル。大正3年の開業から100年以上が経った今も役割を果たし続けています。
(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2026年4月10日放送)