『TKUライブニューススペシャル熊本地震10年つなぐ未来へ』。続いては、熊本地震の発生当時、知事を務めていた蒲島 郁夫さんへの単独インタビューです。
鈴木さんが蒲島さんと対談されたんですよね?はい、蒲島さんに当時を振り返ってもらいながら今後の災害対応のあり方など話を聞きました。
2008年から県政史上最長の4期16年、熊本県知事を務めた政治学者の蒲島 郁夫さん。2期目から3期目へのタイミングで熊本地震に見舞われ、災害対応に当たりました。
【鈴木 哲夫さん】
「蒲島さんはあのときは当事者でいろんな決断をしないといけないトップだった。あのときはずっと続いていると思う。あの思いが。どうですか10年たって?」
【前熊本県知事 蒲島 郁夫さん】
「ちょうど私にとって3期目になった瞬間に地震だった」
「これが私に与えられた仕事だ。運命だと思った」
「逆境だけどこれを乗り越えてよりよい熊本をつくっていこうとそういう発想になった」
【鈴木 哲夫さん】
「それが『創造的復興』ということであるんですね」
蒲島さんは、旧知の中であり同じ政治学者だった五百旗頭 真 さんを座長とする有識者会議の提言を受け、復旧・復興をさらなる発展へとつなげる『創造的復興』に取り組みました。
【蒲島 郁夫さん】
「『創造的復興』は県民の心にも響いた。明るくはできない。あれだけの被害があって。『創造的復興』を国に対しても(お願いした)」
熊本地震の際、当初、国と県の合同会議では、主に活動報告や現状説明を行う場となっていたため、熊本県に出向経験がある国の幹部職員などが現地対策本部に入り、熊本の頭文字をとって『K9(ケー・ナイン)』という会議を実施。県の幹部らと連携しながら〈ミニ霞が関〉として、迅速な課題解決や省庁横断の支援につなげました。
【鈴木 哲夫さん】
「地域で何が分かっているかは地方自治体、つまり蒲島さんがトップ。首長が分かる。そこを中心とした災害対応の組織、意思決定機関をつくるべき。それを実現したのが『K9』だったと思う。その災害の時の態勢どう考えている?」
【蒲島 郁夫さん】
「霞が関に様々な議論は持って帰らない。熊本で決める。これが本当の意味での〈ミニ霞が関〉」
【鈴木 哲夫さん】
「〈もう一つの政府〉と言っていい」
【蒲島 郁夫さん】
「基本的に必ず合同会議をやる。毎日。そこで出てきた議論は必ず熊本で完成させる」「決断は熊本でやる」
政府は、今年11月に『防災庁』の設置を目指していて、鈴木さんは有識者会議のメンバーを務めました。
鈴木さんは、熊本地震の際の〈ミニ霞が関〉の例を踏まえ、災害時の地方と政府による現地対策本部の一元化を提案しています。
【鈴木 哲夫さん】
「地域のことは地域が一番分かっている。何が必要なのか。まさに地域主権。これが防災の基本と思っている」
【蒲島 郁夫さん】
「大事なことは知事になったときに県民のために命をかけるのが知事」
「特に災害の時に国といつでもけんかできる。そういう状況までなったときに初めて自分が政治家になったんだなと思った」
【鈴木 哲夫さん】
「創造的復興。これはその後の熊本を見ていると思う。実際今、どう進んでいるか、評価については?」
【蒲島 郁夫さん】
「熊本空港も(運営権を民間に委託する)コンセッションでしょう。あれだけ壊れても早くやってもらった。八代港はくまモンを活用したクルーズ船の港を造った。創造的復興でやるべきことをやると短期間に苦しい災害だったが、10年間でこれだけ花が咲いてきた。これを成功させることによって日本はすばらしい国になる」
「災害対応のモデルとしてはこれから生きてくるのではないかと思う」
蒲島さんは創造的復興のシンボルとして熊本空港の運営を民間委託する『コンセッション方式』の導入を進めました。そして現在、三井不動産や九州電力、九州産交ホールディングス、テレビ熊本など複数の企業グループでつくる『熊本国際空港』が運営しています。