観測史上初めて震度7を2度、観測した熊本地震。
その本震から16日で10年です。
震災の教訓が生かされた現場がある一方で、犠牲となった方の遺族の時は止まったままです。
16日午前1時25分。
地震発生時刻に、ろうそくの明かりだけの中で静かに祈りを捧げる遺族の姿がありました。
熊本、大分の両県で災害関連死も含めて278人が亡くなった熊本地震。
かつては損壊した建物が残り、一部で倒壊した家などが道をふさいだ幹線道路は災害に強いまちづくりとして4車線に。
今では着実に復興が進んでいます。
しかし、10年が経った今もあの日から時が止まったままの家族がいます。
晃さんの母・大和忍さん:
毎日思わないことはないですね。なんかふと蘇ってきますね。
10年前の本震で崩落した全長206メートルの阿蘇大橋。
当時22歳の大学生・大和晃さんはその近くで土砂崩れに巻き込まれ命を落としました。
10年前の16日午前1時25分ごろ、晃さんは車で阿蘇大橋付近の国道を走っていたとみられています。
2日前の前震で被災した友人のもとへ飲み水を届けた帰り道でした。
晃さんの母・大和忍さん:
声が聞きたいです。会いたいです。抱きしめたいです。
父、母、兄の家族3人は捜索の継続を訴えました。
しかし地震から2週間後、二次被害の恐れを理由に熊本県による捜索は打ち切られました。
それでも家族は諦めず。
行方不明から100日目。
橋の約400メートル下流の川底に沈む晃さんの車を、自分たちの手で見つけ出しました。
晃さんの父・大和卓也さん:
お世話になりました。まぁおかげさんで…見つかりました。まぁ、あとは車の所を捜索して本人が車の中にいてくれればいいんですけども。
父・卓也さんは晃さんが、かつてモミまきを手伝った苗から米を育て、息子の分まで田を耕し続けました。
しかし、2024年の秋、卓也さんは息を引き取りました。
晃さんの母・大和忍さん:
なにしろ1人だからですね、主人がいればね。私の中では10年だからとか、節目だからとか感じないし思いもしないですし、きっとこれからもそうなんだろうなって。
そして、16日。
母の忍さん、そして兄の翔吾さんが祈りを捧げる姿がありました。
大和晃さんの母・大和忍さん:
いてくれて当たり前だった息子に、10年会えていないんだなって。
崩落した阿蘇大橋の600メートル下流に、2021年3月「新阿蘇大橋」が開通しました。
橋の真下には活断層が走っているため、設計段階から地盤がずれた際に橋げたも一緒にずれるよう工夫されました。
地震の教訓から生まれた新しい知恵です。
晃さんの母・大和忍さん:
10年たっていますから、どんなふうにつなげていくかですよね。今からの減災・防災、そういったところにどう生かしていけるか。