「ちゃんとした介護を教えてあげたいって、私はここでそれをやりたい」。カンボジアの地で、阪井由佳子さんはそう語る。富山市の介護施設を運営するNPO法人にぎやかの理事長である阪井さんが、異国の地で挑戦を始めた。

家族のような介護を目指して


富山市綾田町。阪井さんが約30年前に設立した介護施設「にぎやか」では、年齢や障害に関係なく誰でも利用できる「富山型デイサービス」が行われている。ここでは、介護サービスを提供するだけでなく、一人ひとりが自分らしく過ごせることを大切にしている。

「お年寄りが十把一絡げの介護を受けていて、もうちょっと1人1人が丁寧に介護を受けられるような施設があればいいなとか、家に帰りたいというお年寄りが家に帰れるようなお手伝いができればいいなと思って」と、老人保健施設で理学療法士として働いていた経験から施設を立ち上げた背景を阪井さんは語る。

阪井さんのモットーは一人ひとりに寄り添うこと。その姿勢に惚れ込み、親子2代で利用する人もいる。「お父さんがにぎやかで最後まで通っていただいて、最後ご自宅で息をひきとられて」と利用者の家族が話す。「親戚と一緒や。親戚より良くしてもらっています」という声も聞かれる。


週末の夜には雰囲気をがらりと変えて「居酒屋風」にするなど、大人も子どもも楽しめるユニークな空間も提供している。「家で一人の人たちがちょっとみんなで一緒にご飯食べたり一緒にお酒飲めたりする空間を作っておきたいなと思った」と阪井さん。「もうデイサービスじゃないですよ。家族みたいなもんですよ」と利用者は語る。
カンボジアへの挑戦

富山型デイサービスを県内外に発信してきた阪井さん。いつしか海外にも届けたいという思いが強くなっていった。
「日本の介護が絶対に海外で必要とされているというのはすごく感じていて、だからタイとかベトナムでいつか介護事業をやりたいというのは漠然と夢を見ていた。だけど、私は英語ができるわけでもないし、一人でそこに行って何かをできるようなそんな強さもないし…」と阪井さん。


そんな彼女の思いに共感し、声をかけたのが富山市の住宅メーカー「丸和」の林俊成さんだ。丸和は新市場開拓のため2019年にカンボジアへ進出。2つの日本語学校を運営し、人手不足に悩む日本企業と日本で働きたい若者をつないでいる。

日本では2027年にも外国人が長期間働きやすくなる仕組みができることから、介護人材の育成に力を入れようと、林さんは知り合いだった阪井さんに協力を求めた。「日本に行く前にこの国でいかに実践を積めるかというのが大きなテーマとしてのしかかってきた。そういう中で、話を聞いていったら、富山型デイサービスのすごさというか、これは普通の介護と違うぞと。この国の子たちに教えれたら素晴らしい人材に育つぞと」と林さんは語る。

カンボジアの若者を思う林さんの姿に心を打たれた阪井さんは、異国の地での挑戦を決意した。「カンボジアの人たちのことを熱心に語る姿が、昔見た林さんと全然違っていて。ここまで林さんを変えたカンボジアの国民性とか魅力も、瞬間的に見たいと思った。次の月にはみんなでカンボジアに行ってた」。
富山型介護の伝道師として

阪井さんは富山型デイサービスを海外にも届けることを夢見て、まずは現地の人材育成のため、日本語学校での授業を始めた。

「自立支援。これの意味はなんでしたっけ?自分でできること(を助ける)。そう、これをしっかりと取り入れていきましょう。全部自分でやってしまうんじゃなくて、やれるかどうかを確認してもらいます」と阪井さんは学生に教える。

手助けするだけではなく、利用者の生きがいややりがいを大切にする介護に、学校の校長も期待を寄せている。「日本の一般的な介護は何でもしてあげる。おさえこむ。だめだとか、これが外国人には理解できなくて、なんでもさせて自分でやってというようなやり方があう」。
30年以上介護の現場に携わってきたベテランの阪井さんだが、初めての海外での挑戦には苦悩も伴う。「私なんかいくら経験あるとしてもいまの学校からしたら新入社員だからさ、実績だって別に口で説明したところで意味はないのよ。ここでは私の価値なんて…でも、もっとより良いものを提供できる自信もあるから」。
人と人とのつながりを大切に
阪井さんの介護哲学は国境を越えても変わらない。一人ひとりに寄り添うことを大切にし、生徒たちに真剣に向き合っている。


ある日、阪井さんは学校ではなく生徒の一人、シホンさんの家を訪れた。日本での就職が決まり、5年間故郷を離れることになるシホンさん。本人だけでなく、家族の思いも気にかけ、会いに行ったのである。

「シホン君が日本へ行くことはどう思っていますか?」と阪井さんが尋ねると、母親は「何も考えずに心配するだけです」と答えた。日本で働くという選択は良いことばかりではない。本人だけでなく家族の人生も大きく動かすからだ。
「親はそんなに裕福な生活できなくても(カンボジアで)ちゃんと生活できるからって思っている。(でも)子どもたちにすれば、親の苦労を見ているから、どうしても日本で働きたい。そういう子供が多い。シホン君もそうだと思う」と林さんは語る。
「お母さんの顔を見たら、ちゃんとシホン君が日本で幸せに暮らせるお手伝いをしなきゃなって責任を感じる。私もシホン君のことが心配なので、日本でもちょくちょく会いに行きます」と阪井さんは約束した。
新たな人材育成の形

日本の人手不足解消のためだけではなく、現地の人々に寄り添い、その文化や背景を理解した上での人材育成。日本語学校を運営する住宅メーカー・丸和と、介護の現場に立ち続けてきた阪井さん。立場の違う者同士が手を取り合い、新たな人材育成の形が生まれようとしている。
カンボジアは国民の半数近くが30歳未満という若者大国だ。近年目覚ましい発展を遂げているが、都市部と農村部の経済格差も大きい。より豊かな環境を求め、日本で学び、働きたいという若者の声は多い。「日本で働いたら家族に仕送りもできる、きれいなところで暮らせる」。そんな夢を持つ彼らに、阪井さんは単なる技術だけでなく、心のこもった介護の精神も伝えようとしている。

富山で培ってきた「一人ひとりに寄り添う介護」が、カンボジアの若者たちを通じて広がっていく。そして、いつか彼らが母国に戻ったとき、カンボジアの地にも富山型デイサービスが花開く日が来るかもしれない。阪井さんの挑戦は始まったばかりである。
(富山テレビ放送)
