仮に中国共産党を題材にしたドラマを作る場合でも、この台本は一笑に付されるのがオチだろう。そんなシナリオが現実になった。

5年に一度、今や“終身トップ”とも言われる習近平国家主席の晴れの舞台で、隣に座る胡錦涛前国家主席が途中退席した。

世界に報じられた胡錦濤前国家主席の退席
世界に報じられた胡錦濤前国家主席の退席
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途中退席することも異例、その光景は興味深く、本音を言えば想像を掻き立て、より率直に言えば目が釘付けになった。それが海外メディアの前にさらされたことも異例中の異例だ。

何が起きたのか。結論から言えば「わからない」が、とにかく中国はやること、起きることが規格外である。そんなことが起きてしまう「わからない国」である。以下、党大会にまつわる規格外なことの一端をご紹介する。

取材記者は隔離措置

まず、党大会の開会式を取材する記者は2日間の隔離措置が取られた。

”隔離ホテル”ではコロナ対策・手荷物検査とも厳しかった
”隔離ホテル”ではコロナ対策・手荷物検査とも厳しかった

閉幕式とそれに続く重要会議・1中全会の取材記者は3日間。コロナ対策だというが、ほぼ1日おきにPCR検査を受けている北京在住者への措置としては甚だ疑問だ。だが、意味を考えても仕方がない。当局の説明も一切ない。もはや理由を聞く人もいない。

”隔離”の部屋は快適であった
”隔離”の部屋は快適であった

いくつもの規格外が実施されてきた北京市のトップはいまや中国で5番目に偉い。「あんな奴が」とある外交筋は呆れたように語った。

メディアは宣伝の手段

当局がセットした取材ツアーでは、習主席の業績がこれでもかと宣伝された。

展示館には至る所に習主席の写真があった
展示館には至る所に習主席の写真があった

展示館ではどこを見ても習主席の顔である。

過去の五輪で中国が獲得した金メダルも展示されていた
過去の五輪で中国が獲得した金メダルも展示されていた

五輪のメダル獲得は習主席の業績なのだろうか。企業や組織は団体で見学に訪れ、学生は共産党入りを真面目に語る。共産党員である方が就職には有利だという。いやはや、大したシステムである。

NHKの国際放送はたびたび映像が遮断された
NHKの国際放送はたびたび映像が遮断された

NHKの国際放送は頻繁に映像が遮断された。中国にとって都合の悪い海外のニュースは映像・音声とも全て流れないようになっているが、この党大会中は特に多かった。

常に放送をチェックしている人がいるというのはいかにも中国らしい。そのチェックにより、中国での海外ニュースは、その国の放送から数十秒~1分程度、遅れが生じる。不都合な映像が流れる前に遮断しなければならないからだろう。

新指導部を紹介する際、笑顔を見せた習主席
新指導部を紹介する際、笑顔を見せた習主席

習主席は記者会見で「記者の友人の皆さんは共産党の主張を世界に広めてくれた。感謝している」と笑顔で述べた。普段は厳しい取材制限を受ける我々を前に、メディアは宣伝の手段であることを公の場で認めた。

「習氏一色」「習氏一強」との評価はバランスを欠く危うさが込められたものだが、習主席にとっては礼賛の言葉にしか聞こえないのかもしれない。

胡錦濤氏退席騒動を知らない中国人

胡錦涛氏の騒動を多くの国民は知らない。中国国内の新聞もテレビも一切報じないからだ。世界に大きく報じられたニュースを当事国の人々が知らないという、もはや滑稽ともいえる事態である。そして、当の国民も知らないことをそれほど気にしていない。「言っても、知ってもしょうがない」との割り切りがあるのだろう。

市井の人々は”胡錦濤氏退席”をほとんど知らない
市井の人々は”胡錦濤氏退席”をほとんど知らない

とある中国人が胡錦涛氏の映像を入手し、中国のSNSにアップしようとしたところ、その携帯電話には使用制限がかかったそうだ。もはや驚きや不安を通り越して、不謹慎ながら笑ってしまった。中国での生活に順応するには、気楽にかまえるくらいがちょうどいい、とも思う。

何度も言うが胡錦涛氏退席の実態は「わからない」。ただ、特に我々外国人にとっては話題の的だ。わからないことが多すぎるからだ。その統治システムはもちろん、常識や思考回路が全く違う国だとわかっていても驚くし、また驚く出来事が起こる。そして、ああでもないこうでもないと語る格好の材料になる。

同時期に起きた山際大臣の辞任では、本人も、任命権者の岸田総理も説明をしたが、中国と比べれば日本は「説明責任」を極めて真っ当に果たしている。あくまで中国と比べれば、の話だが。中国で胡錦涛氏退席の真相が明らかになることはないだろう。

「皇帝になってしまった」習氏

そんな中国はアメリカに追いつき、追い越そうとして、またアメリカも脅威に感じている。強大な軍事力を誇示し、現状変更を繰り返し、譲歩を見せず、一方で日本はもとより世界の経済を支えていることも事実だ。

取材ツアーでは弾道ミサイルの展示もあった
取材ツアーでは弾道ミサイルの展示もあった

この党大会を通じて中国の不透明性、不確実性はより高まったと言えるだろうし、その懸念や危機感は特に現場に強くある。

中国に精通したある外交官は「そういう国が実際に、しかも日本のすぐ近くにあるのは現実だ」「その現実に対応しないといけない」と自らに諭すように語った。習主席については「皇帝になった」を言い直して「皇帝になってしまった」とも評していた。

ニュースに出演する際、私が服装に気を遣うようになったのは中国に来てからだ。もともと頓着しない方だが、今回赤いネクタイをすることはためらわれた。親しい方からいただいた、気に入っているネクタイの一つである。今回、格別着けたかったわけではないが、早々に候補から除外された。他社の放送でも赤いネクタイを着けていた記者はほとんどいなかったように思う。それほど中国のイメージが一般に浸透しているのか、単なる考えすぎか。いずれにしても中国は国を色で表すことの出来る、数少ない存在のひとつだろう。赤いネクタイをどのタイミングで着用しようか、思案中である。

【執筆:FNN北京支局長 山崎文博】

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。