福島第一原子力発電所では2024年11月7日、事故後初めてとなる燃料デブリの試験的取り出しが完了した。
“廃炉の最難関”へのアクセス成功から1年、その後さらに1回の採取に成功したものの、廃炉に向けた作業には課題も山積している。
【廃炉の“最難関”】
2011年の福島第一原発事故当時、1~3号機は稼働中で炉心に核燃料が格納されていたが、地震と津波で電源が失われたことで炉心を冷やす機能が喪失。核燃料が過熱し、金属やコンクリートを巻き込んで冷え固まったものが“燃料デブリ”となった。
今もなお、強い放射線を発し続ける燃料デブリには、人が直接近づくことはできないため、正確な位置や形状の全容は把握しきれていない。
また、燃料デブリに触れた水が“汚染水”となり、ここから大部分の放射性物質を取り除いたうえで海水で薄めて海に放出する“処理水の海洋放出”は今も継続中。高い放射線が放出される限り近隣住民の帰還環境も整わないため、デブリへの対処が廃炉の“最難関”であり“本丸”とされている。
【トラブル乗り越え…震災から約13年8ヵ月で“デブリ採取”】
事故から10年、2021年に計画されていた燃料デブリの試験的取り出しは、ロボットの開発の遅れや、格納容器につながるロボットの経路に“詰まり”が発覚したことなどから延期。
2024年8月に当初の計画から約3年遅れで試験的取り出し作業に着手しようとしたところ、ロボットを押し込むための5本のパイプの順番が間違っていたことが作業直前に発覚した。関係者によると“電車の先頭車両が別の場所にあるような状態”。このまま作業を進めると、作業途中での引っ掛かりや接続外れといったトラブルの可能性が捨てきれないことから急遽中断が決断された。
現場の準備や確認を協力企業任せにしていたことも明らかになり、齋藤健経済産業相(当時)は “猛省を促す”と、厳しく東電を指導した。
2024年9月、体制を整えて試験的取り出しに着手したが、今度はカメラの不具合が発生。現場の強い放射線の影響でカメラ内部に電気がたまり不具合を起こしたと推定され、カメラを交換して2024年11月に0.7gの採取に成功。2011年の事故からは約13年8ヵ月が経過していた。
【“ゾウ200頭”に対し“1円玉1枚”の現実】
福島第一原発に残る燃料デブリは1号機に279t、2号機に237t、3号機に364tの計880tと推計されている。ゾウの体重が1頭4~5tとすると、約200頭分の重さとなる。
2号機では、2024年11月と2025年4月に燃料デブリの採取が行われているが、2回の採取量を合わせても、約0.9gと1円玉1枚程度。残るデブリの10億分の1程度と、取り出し完了までの道は遠い。
【“78億円ロボット”が抱える課題】
これまでに行われた2回の採取では、ロボットの通り道となる配管に、事故の熱で溶けたケーブルなどが固まって詰まっていたため、比較的狭い場所を通ることができる“釣り竿型”のロボットが採用された。
3回目の採取はこれまでのロボットではなく、78億円をかけて製作した大型の“ロボットアーム”で実行する計画となっている。
しかし、“ロボットアーム”はこれまで、一部のケーブルが経年劣化で断線していたことが発覚。実際の環境を模擬した試験でカメラが配管に引っかかり、さらにカメラの耐放射線性がメーカーの仕様を満たしていないことが判明するなど、相次いで問題が浮き彫りに。東京電力は対応に追われ、当初「2025年度後半にも」としていた投入時期を「2026年度着手」と延期しているが、具体的な時期はまだ示されていない。
【3号機“大規模取出し”の実現性は】
燃料デブリの採取が2号機で先行的に行われているのは、2号機が水素爆発を起こしておらず1・3号機と比べて損傷が少ないとされるため。
1号機ではプールからの核燃料取出しのために建屋を覆うカバーの設置工事が進行中で、燃料デブリの取り出しについても内部調査が継続されている段階。
一方3号機では「大規模取出し」が計画されている。2025年7月に東京電力が原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)に示した工程案では、「気中での取出し」「一部の燃料デブリは充填剤で固めてそれごと取り出す」という工法で、格納容器の“横”と“上”からそれぞれ燃料デブリにアクセスする計画。放射性物質の飛散防止などのために設備や建屋を増設する必要があり「準備に12~15年かかる」状況であるため、大規模取出しの開始は2037年度以降とされている。これまで掲げられていた目標である「2030年代初頭の着手」の達成は極めて困難な状況となった。
【“1円玉1枚”から何が分かったのか】
採取デブリの分析を行う日本原子力研究開発機構(JAEA)は、1回目に採取されたデブリについて、表面にウランを多く含んだ箇所があることを確認したほか、鉄やニッケル、ジルコニウムなどの金属成分も確認した。「燃料成分が含まれる」「典型的なデブリの一部」と評価している。
また、2回目の採取は、サンプルのバリエーションを増やすために「格納容器の中心に近いところ」を狙って実施され、結果的に1回目よりも1mほど中心部に近いところでの採取に成功。JAEAは、1回目の採取と共通して核燃料の主成分であるウランが表面に広く分布していることや人力で砕くことができることなどが判明したとしたうえで、1回目の採取デブリと比べ核燃料成分の割合が多いとみられることを明らかにした。
採取デブリの固さや成分などを把握することで、今後の取り出し工法や作業員の被ばく防止方法の検討につながることも期待できるが、「2回の採取合わせて1円玉1枚程度の重さ」という少ないサンプルから炉内全体の状況を推定することは難しく、今後も採取を重ねて情報を増やしていかなければ廃炉作業への貢献の道は遠い。
【“2051年、廃炉完了”への懸念】
福島第一原発では、国の廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議で決定される「中長期ロードマップ」に基づいて廃炉作業を進めているが、このなかで廃炉の完了は事故から30~40年後の「2041~2051年」とされている。
廃炉に対し技術的な観点からの助言や指導などを行う原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)は2025年10月30日に「廃炉のための技術戦略プラン2025」を公表。前年から一部のリスクの見直しなどを行ったものの、NDFは「中長期ロードマップの改訂を求めるものではない」として、“2051年までの廃炉完了”の実現可能性を否定しなかった。
一方、同機構の更田豊志 廃炉総括監(元原子力規制委員会委員長)は2025年5月に福島県福島市で開かれた報道記者との懇談会で「個人的な見解」としたうえで、「2051年にデブリの取り出しが完了しているはずがない」と発言。「中長期ロードマップの見直しはあり得るのか」という質問に対し、「見直しはあり得るどころか必須」と回答した経緯もある。
福島第一原発の廃炉は、2号機の燃料デブリ採取の着手をもって最終段階の「第3期」へと入ったが、何をもって「廃炉完了」の判断とするか、明確なゴールは示されていない。
【2号機燃料デブリ試験的取り出し・これまでの経緯】
■2021年:当初の試験的取り出し着手予定
⇒ロボットの開発遅れ、経路への堆積物の詰まり発覚などで延期
■2024年8月22日:試験的取り出し着手を計画するも「現場での棒の順番ミス」が発覚し取りやめ
⇒東京電力が現場に立ち会っていなかったことなどが問題に。
管理体制の見直しを行う。
■2024年9月10日:試験的取り出し作業に着手
■2024年9月14日:ロボットが一度デブリをつかむ
■2024年9月17日:カメラ4台のうち2台の映像が見られなくなるトラブルで中断
⇒高い放射線が影響でカメラ内部に電気がたまり不具合を起こしたと推定。
カメラ交換を決断。
■2024年10月24日:カメラの交換作業を完了
■2024年10月28日:試験的取り出し再開
■2024年10月30日:デブリの把持・吊り上げに成功
■2024年11月2日:デブリを事故後初めて格納容器外へ取り出し成功
■2024年11月5日:放射線量が「取り出し」基準クリアを確認
■2024年11月7日:試験的取り出し作業完了
■2024年11月8日:デブリの水素濃度などが輸送の基準を満たすこと確認
■2024年11月12日:事故後初めてデブリを第一原発構外へ 研究施設へ輸送
■2024年12月26日:JAEA「採取デブリからウラン検出」公表し「典型的な燃料デブリ」と評価
■2024年12月:デブリの非破壊分析が完了・分析機関に分配するためデブリを砕く
■2025年1月8日:JAEA「5つの分析機関への分配決定」公表
■2025年1月10日:デブリの一部をJAEAからMHI原子力研究開発株式会社(NDC)に輸送
■2025年1月22日:デブリの一部をSPring-8とJAEA原子力科学研究所に輸送完了
■2025年1月31日:デブリの一部をJAEAから日本核燃料開発株式会社(NFD)に輸送。予定されていたすべての研究施設への輸送が終了。
■2025年3月25日:2回目の採取に向け前回ミスがあった「棒の順番ミス」の訓練開始
■2025年4月14日:東京電力「準備が整った」として4月15日に2回目採取に着手することを公表
■2025年4月15日:ロボットの先端が格納容器につながる扉を通過し「2回目の採取着手」
■2025年4月17日:燃料デブリの2回目の把持・吊り上げに成功
■2025年4月19日:2回目の試験的取り出しで燃料デブリを格納容器外・配管の中にまで引き出す
■2025年4月20日:2回目の試験的取り出しでつかんだ燃料デブリの“引き出し”作業完了
■2025年4月21日:つかんだ燃料デブリが搬出基準(1時間あたり24ミリシーベルト以下)を下回っていることを確認
■2025年4月23日:事故後2回目の試験的取り出し作業完了
■2025年4月25日:燃料デブリ・事故後2回目の「原発構外」搬出完了
■2025年8月28日:3回目の取り出しに使用する「ロボットアーム」のカメラの耐放射線性がメーカーの仕様を満たしていないことを公表
■2025年9月25日:3回目の取り出し着手を「2026年度」に見直し