打ち込まれる竹刀の鋭い音が道場に響き渡る。凛とした緊張感の中、全国でも類を見ない剣道の高段位者たちが集う場所、それが鹿児島中央警察署だ。八段、七段、六段という高い段位を持つ3人の警察官が、警察官としての使命と剣道の精神を重ね合わせながら職務に、稽古に、忙しい日々を送っている。
全国でも類を見ない高段位者が集結する警察署
鹿児島中央警察署には、剣道最高段位である八段の野間亮二警部補（警務課）、七段の北浜勇起警部補（地域課）、そして鹿児島県警では女性初の六段となった田邊望巡査長（警務課）の3人が在籍している。
現在、鹿児島県内の剣道有段者は4万1056人。その中で六段は353人、七段は419人、最高段位の八段はわずか18人。県内の警察官に限れば、六段は19人、七段は20人、八段にいたっては野間警部補ただ１人だ。
鹿児島中央警察署の3人はいずれも2025年の試験で昇段を果たした。1つの警察署から同じ年に3人の高段位合格者が出るのは全国初。全国の精鋭剣士が挑戦する狭き門をくぐり抜けての、まさに快挙である。
常に学びを忘れない 剣道最高段位 八段・野間亮二警部補
警務課に所属し、署内で武道指導も担当する野間警部補。新任警察官の育成や業務全体の心得を伝える重要な役割も担っている。
「八段になろうが何しようが、学びを忘れることは絶対にしてはいけないこと。いかに日頃からどうやって、子どもたちにあるいは（警察）署員に分かりやすく、『おー、その通り！』と言うぐらいの技ができるような、そういう教えにいけるように徹している」と語る野間警部補。「太陽剣道クラブ」で地域の子どもたちにも剣道を教えている。
稽古を通して技術や礼儀、そして仲間を思う気持ちを伝える姿勢に、指導を受ける児童からは「八段は一番上だからすごいなと思う。野間先生が八段だからなおさらうまくなると思う」と慕われている。
基本を大切に 新人警察官からの信頼も厚い 七段・北浜勇起警部補
交番勤務で地域の安全を守る北浜警部補。新人警察官からの信頼も厚い。新人のひとりは「まだ経験が少なく、すごく不安な部分も多いけど、優しく指導してくれるのですごくありがたい」と話す。
以前は「一本を取る剣道」にこだわっていたという北浜警部補だが、野間警部補の教えを受け基本に立ち返ることの大切さに気づいた。「野間先生のような先生がいてくれることがものすごく勉強になる。かみ砕いて説明してくれる指導の仕方があって、今回、私も合格することができた」と感謝の言葉を述べる。
警察官、母、剣士の三役をこなす 六段・田邊望巡査長
警務課で勤務する田邊巡査長は、署員の業務が円滑に進むよう職場環境の整備や業務サポートに日々取り組んでいる。3人の子どもを育てる母親でもある彼女は、警察官としての責任、家庭での役割、そして剣道の鍛錬を両立させてきた。
「大変すぎて、全てが、子育ても思うようにうまくいかない時もあった」と苦労を吐露する田邊巡査長。しかし、家族の支えと野間警部補の指導で、育児休暇明けわずか3カ月で六段の昇段試験に初挑戦、見事合格した。
「まさか初挑戦で合格できるとは思っていなかったので、素直にうれしかったのと驚きと半々」と心境を語る。
剣道と警察官の道 重なり合う使命
それぞれの思いを抱きながら剣道を極め、同じ年に昇段を果たした3人。北浜警部補は「今後、ずっと剣道を続けていきたい。次の高みを目指して自分の剣道が上達できるように、指導者になっていくので、剣道を正しく伝えられるようにできれば」と話す。
田邊巡査長は「まずは七段を目指していきたい。子どもたちと一緒に楽しく剣道ができたら」と語り、最高段位となった野間警部補も「剣道というのは、私の人生の中で切っても切れない存在になっている。燃え尽きるまで竹刀を振り続けていきたい」と、決意を新たにしている。
2025年10月8日、県下警察柔道・剣道大会が開かれ、鹿児島中央警察署は団体の部剣道Ａ組で見事優勝した。規定により六段以上は出場できないので3人はメンバーではなかったが、彼らの日頃の指導の成果が実を結んだ形となった。
八段、七段、六段。その数字に技術の証だけでなく、歩んできた歳月と覚悟の深さを刻みながら、3人の剣士の挑戦はこれからも続いていく。
