戦後80年となる2025年。戦争を経験した人たちが少なくなる中、兵士の遺品など悲惨な過去の歴史を伝える多くの品々が自治体に寄贈されています。
ただ、その数が増えてきたため、保管場所の確保が課題となっています。
◆大分市歴史資料館 高畠豊 館長
「赤紙で招集されて、結果的に戦死することになる硫黄島、 孤島だがそこに送られていくような運命をたどった方」
大分市出身の兵士の日誌です。つづられているのは、太平洋戦争での激戦地・硫黄島での日々。端が破れているのは銃弾が貫通したためだといいます。
こちらの銃弾が突き刺さった柱は大分市の空襲で被害を受けた民家のものです。これらはいずれも、大分市歴史資料館が市民から寄贈されたものです。
◆大分市歴史資料館 高畠豊 館長
「大分の街が経験した戦争、大分出身の方が経験した戦争のことを展示している」
地元が経験した戦争の歴史を知ってもらいたいと、資料館では去年企画展を開催し、寄贈された所蔵品も展示。こうした企画展はこの夏も開催を予定しています。
戦争を経験した人たちが少なくなる中、悲惨な歴史を伝える資料を受け継ぐことは重要ですが、課題もあるといいます。
それは保管スペースの確保。
戦争関連の資料だけでも1000点以上。ほかの時代の所蔵品もあり、3つある収蔵庫はほぼ埋まりつつあるといいます。
資料館では毎年10件近くの寄贈があり、戦後80年節目の年であることしはさらに増えることを見込んでいますが、場合によっては、申し出を断らざるを得ないといいます。
◆大分市歴史資料館 高畠豊 館長
「戦争関係の本などをもらってほしいという希望がかなり多い。普通に出版されている本についてはお断りする。大分と関わりのないものなどについても慎重に断らせてもらうこともある」
◆TOS 梅田雄一郎 記者
「こちらは宇佐市の公共施設なんですが、部屋の奥の方へ進んでみますと、遺族の方々から市に寄せられた遺品などが収蔵されています」
戦時中に海軍航空隊の基地があった宇佐市です。
2025年1月にも、戦死した特攻隊員ゆかりの遺品およそ100点が家族から寄贈されるなど、終戦から80年を迎えようとする中、地元の戦争の記憶を伝える多くの品が寄せられています。
市が所蔵する戦争関連の品はおよそ4000点。
1か所の施設ではスペースを確保できないことから、展示と保管の両方を行うことが難しいという課題があります。
そのため、保管は複数の公共施設で行っているということです。
こちらの公共施設では軍服や飛行機の部品などを。
また、特攻隊員の遺書など紙で傷みやすいものは室温や湿度を一定に保つことができる収蔵庫のある別の施設で保管しています。
このように既存の公共施設の限りあるスペースを有効活用しています。
戦争を経験した人たちが少なくなる中、平和への願いの継承を担う品々。受け皿となる場所をどう確保するか、各地で課題となっています。