行方不明事件発生から23年…妻の帰りを待つ
妻が何者かに連れ去られて23年間、生死も知れない妻の帰りを待つ夫の心境が想像できるだろうか。2025年で82歳を迎えた精神科医の高橋幸夫さん、2002年に発生した津山医師夫人不明事件の被害者遺族だ。6月3日で23年となるのを前に高橋さんのもとを訪ねた。
いつもと違う室内…妻がいなくなった
事件が起きたのは2002年6月3日、当時、高橋さんが住んでいた津山市の自宅でのことだった。仕事を終え勤務先の病院から帰宅するといつも迎えてくれる妻、妙子さん(当時54)の姿はどこにもなかった。
黙って家を空けたことがなかった妙子さん。テレビはつけっぱなしで大音量、風呂場のシャワーも出っぱなしだった。いつもと違う室内の様子を不審に思っていると突然、電話のベルが鳴った。相手は妙子さんだった。
(電話)
妙子:「もしもし妙子ですけど身の危険はないから心配しないでください」
幸夫:「どうしたん?」
妙子:「車でぐるぐる連れまわされて、いまちょっとどこまで行っているかよく分からないけど多分岡山ぐらいだと思います」
幸夫:「連れまわされとん?誰に」
妙子:「警察に言わないでください」
通話は23秒で一方的に切れた。いつもと違う妻の声色に事件を悟った高橋さんはすぐに警察に通報した。これが長い長い事件の始まりだった。
謎めく事件に過熱する取材
その後、高橋さんの銀行口座から複数回にわたって700万円が引き出されていた。警察は公開捜査に踏み切り捜査本部を設置、ある男女が現金を引き出したことを突き止め、その行方を追った。
消えた医師の妻と多額の現金、男女との接点は…謎めいた事件にマスコミの取材は過熱した。われ先に男女の足取りを掴もうとするだけでなくその矛先は高橋さん本人にも向けられた。
(インターホン)
幸夫:「犯人の一人でも挙げていただけるような報道を宜しくお願いします。もう精神的にくたびれてしまいまして」
時間を問わず鳴る自宅のインターホン。一晩中、自宅を取り巻くマスコミ…高橋さんは1カ月以上、自宅から外出できない状態が続いた。さらにこの過熱取材が事件の行方を思わぬ方向に導くことになる。
最悪の事態…失った糸口
その後の警察の捜査で現金を引き出した男女は、妙子さんを自宅まで乗せたことがある元タクシー運転手の男と、その男と親しい関係にある30代の女と分かった。警察は2人を逮捕し妙子さんの居場所を聞き出すはずだった。
しかし事件から3週間後、男は警察の尾行を振り切り、近くの公園で自殺した。マスコミが事件への関与について男に直撃取材した後のことだった。その後、女も山中で自殺しているのが見つかった。
謎めいた事件は容疑者2人が自殺するという最悪の結果を招くとともに妙子さんの居場所を知る糸口も失ってしまった。
穏やかな夫婦の老後も奪われ…分からぬ妻の安否
事件の年、高橋さんと妙子さんは結婚30年の節目だった。3人の子供は独立し老後は夫婦水いらずで旅行を楽しむ計画だった。自宅には事件当日、妙子さんがたたんだ洗濯物がずっとそのままにしてあった。
(高橋幸夫さん)
「洗濯物を片づけるということは自分の手で妙子をこの世からなくすような気がする。もう死んでいるだろう。殺されているだろう。そういう気持ちが九分九厘あるけどでもまだひょっとしたらひょっとするかもしれん。生きているかもしれないしという気持ちがどこかにある」
妻は生きているのか、それとも…。一人残された自宅で妙子さんの帰りを待つ日々。しかしそんな生活も長くは続かなかった。
事件から6年後に決心…妻を弔う
事件から6年たった2008年、高橋さんは津山市を離れ、子供たちの住まいが近い神戸市に移り住んだ。そして裁判所に妙子さんの失踪宣告を申し立て、法律上亡くなったことにした。気持ちを整理するため高橋さん自らがつけた区切りだった。
(高橋幸夫さん)
「生きている妙子という生き方から限界を感じてきた。疲れた、くたびれたという心境。これから展望があるかと言ったらない」
82歳の高橋さん「あともうそう長く生きない」
2025年6月3日で事件の発生から23年、警察は現在も24人態勢で妙子さんの行方を捜索している。公開捜査後から寄せられた情報は478件。しかしこの1年では7件のみで、事件そのものを知らない世代も増えた。ただ過ぎゆく歳月が事件の解決に重くのしかかる。そしてそれは被害者遺族にとっても同じ、高橋さんはこの4月で82歳になった。現在、関西地方の介護付きの高齢者住宅に身を寄せている。
(高橋幸夫さん)
「あともうそう長く生きない、ここが終のすみか。それまでの間に早く遺骨を僕の手で元に戻してほしい」
最後の願い
整理整頓された12畳ほどのリビングダイニング。棚には妙子さんの法名が書かれた位牌との事件直前、登山の時に撮影した妙子さんの写真が飾られていた。若い姿のまま写真に収まる妻と年々老いゆく自分の姿に歳月の重さがのしかかる。そしていま向き合うのは自分に残された時間のこと。
(高橋幸夫さん)
「うちの女房は苦しんだことは事実だと思う、怖かったろうし、まだ生きたいと思ったろうし。僕の手で妙子の人生を見とどけて最後に閉めてやって僕も閉める。僕が死ぬまでに今の僕の願い」
自らの手で妙子さんを弔って夫婦の最後を迎えたい。高橋さんは終の棲家で一人ひっそりとそう願っている。
(高橋幸夫さん)
「5年10年探しても見つからない空しさ、無念さがある。皆さんの情報しか探す糸口が無い。最後まで見つけてほしいというのが今の気持ち」
情報提供:津山警察署 0868(25)0110