耳に障がいがある岩手県盛岡市の女性が、津波で被災した宮城県の大川小学校の卒業生たちと6月1日に手話を使って歌を披露した。
東日本大震災を通じた交流は温かなハーモニーを生み出した。
心のバリアフリーを掲げて宮城県仙台市で毎年開かれている「とっておきの音楽祭」。
ステージに立つのは、宮城県石巻市の「Team大川 未来を拓くネットワーク」のメンバー。そして手話で歌詞を届ける「手歌伴奏者」として活動する盛岡市の星ゆきこさんだ。
星さんには後天性の「感音性難聴」と呼ばれる障がいがあり、「音のない世界」を生きている。
岩手県北部の二戸市で生まれた星さんは、「1歳半の時に高熱が続いて、ひきつけを起こして、それを繰り返しているうちに聞こえなくなったんじゃないか」と話す。
星さんは幼い頃から特訓を重ね、口の形で相手が何を言っているかを理解する「読唇術」をマスターした。
小学校から高校まで一般の学校に通い、卒業後は民間企業を経て県職員となり、現在は保健所で高齢者の相談に対応する業務などを担っている。
県央保健所 仲本光一所長
「普通に話をしていたので、本当に聴覚障がいとは気付かなかったくらい」
県央保健所 阿部幸子医療介護課長
「コミュニケーションも積極的にとってくれ、大変仕事しやすいと思う」
職場でも頼りにされている星さんは、14年前、東日本大震災が発生した際にはボランティア団体を立ち上げ支援物資を届けたほか、子どもたちを中心に心のケアを行ってきた。
また、星さんは作詞家としても活動していて、被災地への思いを歌詞にまとめ、さらに手話を活用して、多くの人にその歌を届けてきた。
手歌伴奏者・作詞家 星ゆきこさん
「(自分が)ずっと助けられてきたので、何か自分でも恩返しじゃないけど、そういった思いがあって(音楽活動を)やってこられているのかな」
星さんの活動を見守ってきた保健所の所長・仲本さんは「(被災した人は)心の面で復興していないところもたくさんある。そういう人々に優しく語りかけるというか『あなたのままでいいんですよ』というメッセージは本当に響く」と話す。
そして、星さんは2025年4月、阪神・淡路大震災から30年を迎えた兵庫県でも「あなたは決してひとりじゃない」という思いを込めて作詞した曲を、歌手の坂下忠弘さんと披露した。
このコンサートがきっかけとなり「自分たちが作った歌にも手話(手歌)をつけてほしい」と星さんに依頼した人たちがいる。
それが「Team大川 未来を拓くネットワーク」だ。
津波で児童ら84人が犠牲になった大川小学校の卒業生を中心に結成された団体で、現在、教訓の伝承や新たな交流拠点の整備に向けて活動している。
団体の代表で震災当時、大川小5年生だった只野哲也さん(25)は、津波で妹と母、それに祖父を亡くした。
実は、星さんはボランティア活動を通して、小学生時代の只野さんと出会っていた。
只野さんと父親が東日本大震災の前に家族で最後に旅行した地・岩手を2015年に訪ねた際、星さんがガイド役を務め一緒に楽しい時間を過ごした。
今回、只野さんたちが手話を付けてほしいと依頼したのは、2024年「Team大川 未来を拓くネットワーク」が作り、支援団体とともに披露した「こころのつばさ」だ。
津波で被災した大川地区に新たなコミュニティーをつくりたいという願いが込められている。
Team大川 未来を拓くネットワーク 只野哲也さん
「仲間と一緒に故郷の未来を拓く、仲間づくりの応援歌みたいな感じで広まっていけば、すごくうれしい」
今回のステージで4回目の披露となる「こころのつばさ」。「Team大川」では新たな試みを考えた。
Team大川 未来を拓くネットワーク 只野哲也さん
「手話を取り入れてみたいという話がメンバーから出て、その時に『星ゆきこさんがいるよ』となって。直接お願いしに行った時に、昔お世話になったゆきこさんだと一致して、また新たなご縁を感じられて、すごくうれしかった」
大切な歌をきっかけに10年ぶりの再会は、星さんにとってもうれしい出来事だった。
手歌伴奏者・作詞家 星ゆきこさん
「(只野さんは)すごく生き生きとして前向き。私も力になりたいと思った。この言葉とこの手話は違うんじゃないと言われるかもしれないが、歌詞の深さをくみ取り、こうだなと思って(手話を)つけさせていただいた」
「歌詞にあるTeam大川の思いを、耳の不自由な人にもしっかり届けたい」
星さんは仙台にも出向き、メンバーと手話の練習をした。
そして迎えた本番当日(2025年6月1日)。
Team大川と星さんのステージが始まった。
東日本大震災から14年目に生まれた曲に、星さんが思いを込めて付けた手話。
客席では一緒に手話をする人の姿もみられた。
曲が届けられた会場は、大きな拍手に包まれた。
Team大川 未来を拓くネットワーク 只野哲也さん
「小中学生のころにサポートしていただいたのが、ゆきこさんなので。一つの恩返しじゃないですけど、手歌を通して会場の皆さんに届けられ、すごくいい時間だった」
手歌伴奏者・作詞家 星ゆきこさん
「14年前にボランティアを始めた時には、押しつけじゃないかとか色んな思いがあったが、きょう初めてやってきてよかったと思えた。これからも一緒にお互いに助け合いながらやっていけたらと思う」
東日本大震災から15年目、音楽を通して、只野さんと星さん、そして会場を一つにした思いは未来を優しく照らしていく。