散歩から垣間見える信念と執念

内閣総理大臣・菅義偉の一日は朝5時に始まる。起床すると新聞全紙に目を通し、心の安定と健康維持のため6時40分から40分間の日課の散歩を欠かさず行う。その後、朝食をとりながらあらゆる業界の関係者から話を聞き、世間を肌感覚で知る。

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7年8ヶ月に及んだ官房長官時代から続けられているこの日課は、総理になった今も続いている。現在71歳、休みたい日もあるだろうが、このリズムを保つのが心と体を整えることだと自らが一番理解しているのだ。

新型コロナウイルスが国内で確認された直後の2月、感染者を乗せた客船ダイヤモンドプリンセスが横浜港に近づいていた。夜10時過ぎ、最初に検査した31人中10人が感染していたと報告を受けた菅氏はすぐさま午前0時に関係閣僚などを都内のホテルに集めて対応を協議した。帰宅は午前2時半を回っていた。それでも午前5時過ぎには起床し新聞に目を通し、日課の散歩を行った。雨の日や雪の日は地下道を歩き、どんな日も日課を怠らない。散歩一つをとっても強固な信念を持つ人物像がうかがえる。

菅首相はこうした信念を胸に、「規制改革」「不妊治療への保険適用」「デジタル政策の強化」の3つの改革などを掲げ内閣をスタートさせた。口にした事は何がなんでも必ず実行する、どんな反対に遭おうとやり遂げる、それが菅首相の信念であり執念なのだ。

「4割値下げ」への執念

その執念が顕著に表れた例の一つが携帯電話料金の引き下げだ。始まりは2年前の夏に遡る。2018年8月21日、当時官房長官だった菅氏の北海道での講演での発言だった。

「あまりにも不透明で他国と比較して高すぎるのではという懸念がある。4割値下げの余地があると思っている」

取材していた我々報道陣は晴天の霹靂とも言える菅氏の「携帯料金値下げ余地」発言に一斉に飛びついた。だがそれは計画的に発信されたものだった。そして序章に過ぎなかった。

講演直後、車で移動していた菅氏のもとには大手携帯三社の株価が下がったと言う連絡が次々と入っていた。だが菅氏は「俺のせいなのか?」と素知らぬ様子で振る舞っていた。一方、菅氏の議員事務所には明らかに携帯電話会社の関係者や株主とみられる人たちからの嫌がらせの電話が相次いでいた。しかし菅氏の信念はそんな事で発信をやめるような中途半端なものではなかった。

北海道での発言以降、菅氏は一日2回の定例会見やメディア出演、国会での答弁、翌年の参院選での演説に至るまであらゆる場面で「4割値下げの余地がある」「大手3社による寡占状態は異常だ」と訴え続けた。そして今年9月2日の自民党総裁選の出馬会見でもこう強調した。

「国民の財産・公共の電波を提供されているにもかかわらず上位3社は市場9割による寡占状態を維持し、世界で最も高い料金で約20%もの営業利益を上げ続けています。私がおととし8月、携帯料金は4割程度下げられる余地があると表明したのもこのような問題意識からであります。事業者間で競争がしっかり働く仕組みをさらに徹底していきたい」

菅氏がそこまで執着するには大きな理由があった。5年前、安倍首相(当時)が経済財政諮問会議で「家計支出に占める携帯通信料の割合が拡大しているが、3社体制で固定化している」として料金引き下げを指示したにもかかわらず、その後も寡占状態が続いた。

「MVNO」と呼ばれる自前の通信回線を持たない格安業者についても、結果的に3社の系列化とされてしまい、競争促進にはならなかった。公正取引委員会も「取引慣行は独禁法上問題」と指摘したが、あまり状況に変化はなかった。

こうした動きを受けて菅氏は「法律を変えなければこの業界は動かない」と思い立ち、昨年の通常国会で「電気通信事業法」を改正し、菅氏から見た「悪習」を以下のようにあらかた整理した。

・いわゆる「4年しばり」「2年しばり」といった端末と通信料金のセット販売の禁止

・他社に乗り換える際の「違約金」を9500円から1000円に

・加入するなら「ゼロ円」にするといった端末価格の値引きを大幅に制限(上限を2万円に)

しかし菅氏は、この間の動きにも怒りを募らせていた。「違約金」9500円を見直す際、携帯3社が総務省を通じて持ち寄ってきた案が「1000円」ではなく「3000円」だったのだ。菅氏の腹の中には1000円という絶対に譲れない額があったため、この場でも「3社は談合しているのか」との疑念をさらに強めたのだった。

その疑念は菅氏の執念にさらに火をつけた。今回の総裁選の最中には、フジテレビの「日曜報道 THE  PRIME」に出演した際、「電波料の見直しはやらざるを得ない」と言及。携帯3社にとっては脅しとも言える「電波料の引き上げ」に踏み込んだのだった。

日曜報道THE PRIME

菅氏のこうした姿勢は脅しというより本気だ。その背景には前述したような3社による寡占状態や、高いと指摘される携帯料金は国民にとって大きな負担であり国民が値下げを望んでいるという確信、事業に新規参入した楽天の三木谷会長が「5割程度下げられる」と言及していたことなどがあった。

菅氏はさらに同じくライフラインを担うガス会社や電力会社は利益率が10%を超えないよう国民に還元しているということも耳にしていた。それだけに料金の値下げは当然だ、3社は「なぜ動かないのか」との疑念が拭えなかったのだった。そして一国の総理となった今、「絶対に下げるべきだ」「下げるまで動き続ける」という執念は並々ならぬものとなった。

信念の先に解散は見えない

かつて秘書として仕えた恩人の故・小此木彦三郎元衆院議員の墓前にて

このように、口にしたことは必ずやり遂げる、国民が望んでいると確信したことは反対を押し切ってでも成し遂げる、「執念の男」という顔を持つ菅首相。しかし、国民からの賛否が微妙だった課題を進めるにあたっては、身を賭して大きな判断を下したこともある。それが「GoToトラベル」だ。

新型コロナウイルスの感染拡大を懸念する世論の風当たりも強い中、菅氏は大打撃を受けた観光業の支援の意味合いも大きいと訴え、東京を除外した上で7月にGoToトラベルをスタートさせた。しかし、胸中には不安も小さくはなかったようだ。トラベルが感染拡大につながらなかったことが確認された先月、菅氏は周辺に対しこう語った。

「ある意味、政治生命をかけていた」

賛成、反対、様々な国民の声を聞き、迷いを乗り越えて下したたこの決断の背景には、政治家として責任を取る覚悟が秘められていたのだ。

今、報道各社の世論調査で、菅内閣の高い支持率が報じられている。もちろん本人の頭には解散の2文字がないわけではないだろう、ただ支持率が高いから解散だというのは、執念の男にとっては二の次の判断なのかもしれない。

菅首相は就任会見で「当たり前ではない色んなことがある、現場の声に耳を傾けて何が当たり前なのかを見極めた上で大胆に実行する、これが私の信念です」と語った。

首相になった今、一挙手一投足に注目が注がれ、国内外から様々な評価が寄せられる。挫折と苦悩を経験しながら総理大臣に上り詰め、一つの判断ミスが政治生命を奪うことにつながることも当然知っている菅首相はどんな仕事を成し遂げるのか。その「信念」と「執念」の行方をしっかりと見ていきたい。

(フジテレビ政治部 千田淳一)