ギンズバーグ氏死去と大統領選をめぐる思惑

「RBG」の愛称で広く親しまれたルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事が膵臓がんのため、9月18日亡くなった。87歳だった。ギンズバーグ氏は27年にわたる在任中、女性やマイノリティの権利擁護に努め、リベラル派のアイコン的存在として、絶大な人気を誇り尊敬を集めた。

「RBG」こと故ルース・ベイダー・ギンズバーグ氏
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ワシントン市内に描かれたギンズバーグ氏の壁画の前には、今も多くの人々が追悼に訪れている。遺体は一般弔問のため最高裁の入り口前に安置されているが、25日には議会に移され、追悼式が行われる予定だ。女性の遺体が議会に安置されるのはギンズバーグ氏が初めてという。

ワシントン市内に描かれたギンズバーグ氏の壁画
壁画の足下には市民からの追悼メッセージが一面に貼り付けられている

ギンズバーグ氏死去により、最高裁のメンバーは8人になった。憲法の定めにより、現職大統領が新判事を指名するわけだが、問題はその時期だ。大統領選まで40日あまりとなったこの時期に、指名を断行して良いのだろうか?

アメリカ合衆国憲法には「選挙直前の指名は禁止」とは書かれていない。そのため、指名のタイミングはトランプ大統領のさじ加減次第だ。大統領はこのところ連日のように、後任人事に言及している。理由は、大統領選に向けた思惑があるからだ。

ギンズバーグ氏(前列右から2番目)を含む9人の最高裁判事 ~アメリカ最高裁HPより~

トランプ大統領は21日、激戦が予想されるオハイオ州で演説し、冒頭から「(ギンズバーグ氏の)後任に女性を選ぶべきだと思う人は?」と聴衆に呼びかけた。賛同の意思を示す一際大きな歓声が上がると、それに答える形で、後任に女性を選ぶ考えを強調した。更に26日に人選を発表する見通しを示した。「女性票」獲得に向けてアピールした形だ。

地元メディアによると、最有力候補はシカゴの連邦高等裁判所で判事を務めるエイミー・コニー・バレット氏。カトリック教徒で妊娠の人工中絶に反対する保守派だ。同氏を指名すれば、いまだ支持を決めかねている女性票の発掘だけでなく、民主党のバイデン前副大統領にリードを許す中西部で、保守派の支持固めに役立つと指摘されている。

最有力候補と伝えられる保守派、エイミー・コニー・バレット判事

議会承認までの手続き

人選を発表した後の手続きはどうなるのか。

大統領には指名の権利はあるが、独断で決められるわけではなく、議会上院の承認が必要だ。投票で過半数を獲得しなければならない。

最高裁判事の死去に伴う交代について、過去のケースを見てみよう。

2016年2月、アントニン・スカリア判事が亡くなった際、当時のオバマ大統領はすぐさま後任に中道派のメリック・ガーランド氏を指名し、ホワイトハウスでお披露目までした。しかし、議会上院のミッチ・マコーネル院内総務が反対し、次期大統領こそが新しい判事を指名すべきだ主張した。当時、上院の多数派が共和党だったことから、オバマ大統領の案は通らず、後任は次期大統領となったトランプ氏が指名した。今回またしても与野党が真っ向から対立する展開だが、果たしてトランプ大統領の思惑通りに進むのか。

大統領選前に本当に決められるのか?

トランプ大統領は、大統領選前に議会承認を終える考えを強調している。これに呼応し、マコーネル氏も早期に投票を行うべきとの考えだ。

今の上院の構成は、共和党53議席、民主党47議席。50対50となった場合は、規定により副大統領が投票するため、共和党としては50票を獲得すれば良い。つまり、党内から3人の造反者が出ても議会の承認が得られ、トランプ大統領や共和党の意向が反映される可能性が高い。

22日現在、共和党上院議員のうちメイン州選出のスーザン・コリンズ氏、アラスカ州選出のリサ・ムルコウスキー氏が反対を表明している。穏健派のミット・ロムニー氏もウクライナ疑惑をめぐる弾劾裁判で造反したことから、今回も反対するか注目されていたが、賛成する意向を表明した。一方、共和党の重鎮ジョン・マケイン氏死去に伴い行われるアリゾナ州補欠選挙では、民主党候補が優勢で議席が減る可能性もある。

これらを踏まえた最新情勢では、ぎりぎりで過半数を得られるとの見方が強い。

ただ、トランプ政権にとって選挙前の指名承認が、必ずしも良い結果につながるとは言えない。特に、11月には大統領選挙と並んで連邦議会上下両院の議員選挙も実施される。トランプ支持者が選挙前の指名承認を求める一方、穏健派の共和党支持者の間では、選挙に勝利した次の大統領が新判事を選ぶべきだとの声が強いのだ。ロイター通信の世論調査では、62%のアメリカ人が選挙前の指名承認に反対だった。つまり、この民意を無視して指名を強行すれば上院選で不利に働くため、穏健派の共和党議員にとっては悩ましい問題となる。それだけではない。トランプ大統領の思惑とは裏腹に、大統領選にもマイナスの影響を与える可能性もあるとの見方も出ている。

また、指名承認の公聴会を実施する上院司法委員会は、民主党の副大統領候補、カマラ・ハリス氏が委員を務める。判事候補が出席する公聴会は、全米から大きな注目を浴びることは必至で、“追及の名手”ハリス氏にスポットライトが当たってしまうとの指摘もある。

"追及の名手"カマラ・ハリス氏

選挙で負けてもトランプ大統領の希望が通る!?

トランプ大統領にとって、指名のデッドラインは選挙日とは限らない。仮に選挙で負けたとしても、現職のトランプ大統領は、新大統領が正式に就任する2021年1月20日まで後任を指名する権利を法的に有する。また、新議会上院は2021年1月3日に誕生する。このことから、トランプ大統領、共和党がともに選挙で敗退したとしても、新議会の発足前に指名承認を強行してしまうことが可能で、民主党側では懸念が高まっている。

もし、トランプ大統領の考えに近い保守派の判事が誕生すれば、最高裁判事の構成は保守派6人、リベラル派3人となる。保守派に著しく偏っており、極めて異例だ。最高裁判事の任期は終身のため、アメリカの司法判断は今後一定期間にわたり保守に傾くことになる。これに対し、民主党側は最高裁判事の人数を増やすことを検討しているとも伝えられている。実現できるかは、上下両院の構成、世論の動向次第で現状は不透明だが、民主党の対抗策は大きな焦点となる。

ギンズバーグ氏の死去以来、アメリカは後任人事をめぐるニュースで持ちきりだ。日本では想像しにくいが、アメリカでは最高裁判事の持つ社会的影響力は絶大で、有権者は高い関心を持ってその人選と議会承認の行方を見守っている。大統領選を目前に控え、アメリカ社会の分断がさらに進むことになるのか、今後の展開に注目だ。

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【執筆:FNNワシントン支局 フランク・パローン】
【表紙デザイン:石橋由妃 】