一連の報道でもあるように、フジテレビは現在、元タレントと女性とのトラブルにおいて、企業としての内部統制やコンプライアンスが健全に機能していたかどうかが問われている。また今回の問題を契機に、世間でも特に会食・会合についてもコンプライアンス意識が高まっていると感じている。 

私自身、アナウンサーとして報道取材関連の会食・会合に多数参加してきた。会食を通して自身の学びや人脈の広がりもあり、意義のある会食や会合は必要であると個人的に考えているが、若い世代は先輩や上司の誘いを断り辛く思うことも想像するに容易い。今後は、男性も女性も、健全で必要な会食・会合に自由な意思で、安心して参加できるしくみを企業が整えていくことが必要ではないだろうか。 

フジテレビでは、2月に社内において「再生・改革プロジェクト本部」が設置され、視聴者やスポンサーの信頼を取り戻すべく社内の課題に向き合い、組織の在り方を見直す動きが加速している。その中で、会食・会合に関するガイドライン作りもいち早く進められた。 

会食・会合に関するコンプライアンスを高めるためにどんな取り組みが必要なのか。10年前に新入社員の女性が過労のため自殺したことを契機に、様々な改革を行った大手広告会社・電通の取り組みを、当時社員だった桜美林大学の西山守准教授に伺った。 

会食・会合コンプライアンスを高めるポイントとは 

西山准教授は、1998年から2016年まで電通に社員として在籍していた。電通では2015年に起きた新入社員の過労自殺を受け、誰もが働きやすい会社を目指して、コアタイムのない‘‘スーパーフレックスタイムの導入‘‘、出社とリモートの‘‘ハイブリッドワーク‘‘の推進など、長時間労働の解消が行われた。また全階層向けハラスメント研修の実施、ハラスメント防止ガイドブックの制作など会食・会合にまつわるコンプライアンスを高めるしくみづくりも整えられてきたといえる。実際、電通は今年、働き方改革の推進が評価され、女性が活躍しやすい企業としても国から認定を受けた。そんな電通で行われた改革を間近で見てきた西山准教授によると、企業が会食・会合コンプライアンスを高めるしくみづくりに大切なことは3つあるという。 

桜美林大学・西山守准教授
桜美林大学・西山守准教授
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1つ目のポイントは、公私を明確に分けること。 

桜美林大学 西山守准教授:
以前は、色々な取引先の人と会食をして、人間的なネットワークを作っていくことと、ネットワークを通して質の高いアイディアを提供していく、両方があってこそのビジネスだと考えられていました。また、私が電通の新入社員の頃はリーダーとサブリーダーがいて、連日飲食に連れ回され、有名店に連れて行ってもらったり、ジャズを聴かせてもらったりもしました。先輩がご飯に連れて行って奢る代わりに、後輩に、成長して仕事を頑張れという人間関係があった時代もありました。しかし、そうしたやり方は10年ほど前に廃止されました。廃止された当時は、新入社員の頃から上司が連れて行って飲み歩いてやらないと、いざ中堅になって接待する時に、気配りができない、良い店を知らなくて恥をかくことになるのではないか、という声もありました。だからあれは必要なんだという人もいましたが、次の世代がそういうことを重視しているとは限らない。仕事が終れば会社以外の人と付き合いたいという、若い世代は少なくないのです。

電通の改革を社員としても見てきた西山准教授
電通の改革を社員としても見てきた西山准教授

若い世代と上司の価値観、また企業間の取引方法も近年変化しており、公と私を分け、適正に運用するルール作りが大切という。公の部分に関しては会食・会合であっても業務の範囲として、業務のルールをきちんと適用するということだ。 

メディア以外で働く友人・知人に話を聞いた中では、外資系企業や銀行などは、会食の日時やメンバー、目的を会食届として会社に提出する企業もあるという。しかし、取引関係が明確で、公私を分けやすい企業と、分けづらい企業もあり、テレビ局は後者と言える。 

「広告業界も同様だが、テレビ局などメディアビジネスは、出演者やスタッフが、公私ともに区別ができない人間関係が築かれている場合がある。打ち合わせをしなくても番組がスムーズに進行できるなど利点もある。そうした業界では(現場に寄せる)独自のルール作って公私を分けることをいかに適正化するかが重要」とも准教授は語る。 

断れる環境作りと通報システム 

2つ目に、仕事の会食であっても、プライベートの会食であっても、断れる環境を作ることが非常に重要という。准教授は「日本の会社はそこが難しくて、強制はしないけど断ったら嫌な雰囲気になるとか、特に歓送迎会など公式なもので断ることが難しい」と指摘する。しかし、そうした会こそ、強要はしない、断って不利益は被らないということを会社として明確にすることが大事だという。 

またそのために、不適切な行為があれば通報するシステムを機能させることが最も大切なポイントだという。 

会食の誘い方、あるいは会食中に不適切な行為があったら必ず報告を上げること。また通報した人が不利にならないような対応策も整えなければならない。 

西山准教授:
電通では、以前より通報システムは社内にあったけれど十分に機能してなかった。しかし改革が行われ、ハラスメントが報告された段階で細かい調査を行い、調査結果を社内で公開するようになりました。共通した問題があるのであれば、それをケーススタディにして、もう1回研修にしていく。マーケティングの世界とか、ビジネス全般の世界で『PDCAサイクル』と言うのですが、やった行動に対して指導して終わりじゃなくて、共有し、同じことが起きないようにする。こうした対策によって、ハラスメントは起きづらくなります。
(編集部注:「PDCAサイクル」=「Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・ Action(改善)」という一連のプロセスを繰り返し行うこと) 

人と人との接触の中で、どんなに策を講じてもハラスメントをゼロにすることは難しいが、不適切な言動を起こりづらくする環境づくりが必要不可欠だと准教授は言う。数年前は、会食でのセクハラ・パワハラ発言について「大人のたしなみだ」「かわせ」と言われた時代もあったが、今は時代が大きく変化した。もう決してハラスメントを受け流す時代ではない。ハラスメントを受けた本人、周りの人が通報し、ハラスメントをした本人に気づかせることが重要なのだ。企業がこうしたしくみをきちんと機能させることはもちろん、ハラスメント現場に居合わせた一人一人も勇気をもって指摘する努力が何より大切に思う。 

改革が始まったフジテレビ 

西山准教授:
テレビ業界が抱えている全体の問題というものもあると思うので、そこで抜本的なモデルを示していくことができるのではないかと思います。問題が起きてしまった企業ではあるけど、逆に言うと非常に先鋭化して何かができるはず。率先して変えていくことによって色んな業界の適正化自体が上がっていけるのではないかと思います。

フジテレビでの改革は始まったばかり。会社の仕組みづくりも重要だが、我々社員一人一人の正しいコンプライアンス意識の持ち方も今後、新しい企業風土づくりには必要不可欠だ。今回の問題を契機に、フジテレビはもちろん、各企業での会食・会合コンプライアンスを高める体制が整えられ、安心で健全な会食・会合を通して、どんな世代も自分らしく最大限に活躍できる仕事環境づくりがすすめられることを願い、私もその環境を作る一人として努力を続けたい。

(取材・執筆:フジテレビアナウンサー 椿原慶子) 

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椿原慶子
椿原慶子

2008年フジテレビに入社。夕方と夜の報道番組のフィールドキャスター・メーンキャスターを務め、アメリカ大統領選挙や北朝鮮の取材などを行う。2019年から育児休業を取得し、2023年復職。現在は2人の子供の育児をしながら『ワイドナショー』などを担当。小さな声にも耳を傾け、人の心に寄り添うアナウンサーでありたい。