他派閥からの応援なし…誤算続きの石破陣営
安倍首相の辞任表明を受けて、石破茂元幹事長、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長が争う自民党総裁選挙。過去3回総裁選に出馬した実績を持ち、国民的な人気を誇る石破氏にとっては、出馬に至るまで誤算の連続だった。
「前回あなたを応援した竹下会長の気持ちも聞きに来ない、少しは考えろ」
石破氏が出馬表明をする前の8月31日、石破氏からの電話を受けた竹下派幹部はこう突き放した。石破氏にとって竹下派は前回2018年の総裁選で、参院側の全体と衆院側の一部議員が自らを支持してくれた大事な存在のはずだった。その関係に一体何が起きていたのか。
“恩人への墓参”も逆効果に?
石破氏は8月8日、去年10月に死去した吉田博美前参院幹事長の初盆に合わせ、吉田氏の地元の長野県に入っていた。吉田氏は、竹下派所属の参院自民党幹部であり、石破氏にとって2018年の総裁選で参議院竹下派の票を「石破支持」でまとめた恩人だった。
しかしこの墓参が波紋を呼ぶことになる。石破氏の墓参について竹下派幹部は、「故人を政治に利用するとはどういうことなんだ」と怒りを隠さず、次のように語った。
「2018年は吉田さんに頼まれたから石破をやったが、次は全くの白紙だ」
吉田氏は生前、2018年の総裁選について周囲に「俺はもともと安倍さん支持だが、今回は青木幹雄さん(元参院会長)に頼まれた。安倍さんにも今回だけは石破でやらせて頂きたいと頭を下げた」と話していたという。石破氏としては純粋な感謝の気持ちでの墓参だったのかもしれないが、吉田氏の「遺志」を引き継いだ竹下派の議員にとっては、自らの支持拡大に向けたアピールが目的の、故人への礼節を欠いた行動と映ったようだ。
読み切れなかった“竹下派の空気”
さらに、竹下派の重鎮は、次のような石破氏への不満を口にしていた。
「彼はあれ以来、竹下会長に一度も会いに来ていないんですよ」
2018年の参院選で石破氏を助けた参院側の恩人が吉田氏だとすれば衆院側の恩人は、竹下派会長でもある竹下亘元総務会長だ。しかし竹下派幹部によれば、石破氏はここ約2年間、一度も竹下氏を詣でていなかったというのだ。
この記事の画像(11枚)このことは、9月1日に行われた石破氏の出馬表明記者会見の場に、異変として表れていた。30分あまりにわたって出馬にあたっての思いなどを語った石破氏が、会見を中断し、おもむろに席を立ったのだ。
向かった先は竹下派の事務所。会見中断という異例の行動をとってまで会いにいかなければならなかった相手こそ、竹下氏だった。先述した「前回あなたを応援した竹下会長の気持ちも聞きに来ない、少しは考えろ」という竹下派議員からの言葉が響いたのかもしれない。
この面会で石破氏は竹下氏に2018年の総裁選で支援してもらったことへの謝意を伝え、総裁選での協力をあらためて要請した。面会後には「支持してくれるかくれないかは別として思いはすごく伝わったし、有難い時間でした」と語った。
だが、時すでに遅し。竹下派は2018年の総裁選で、安倍支持と石破支持に割れたことを“派閥の古傷”として持ち続けていたため、「今回は一致結束、箱弁当で行こう」と方針を固め、菅氏支持に向けた最終調整に入っていた。そして、一時出馬を模索した派閥ナンバー2の茂木敏充外相が派内の結束を優先して今回の出馬を見送ったのを受け、9月2日、竹下派として正式に菅氏支持を決めた。
2年前に支えてくれた派閥の支持を今回は得られなかった石破氏。背景には総裁選で勝ち馬に乗りたい竹下派の思惑もあっただろうが、石破氏もその空気を察知して早めに手を打つ必要があっただろう。
石破氏は9月2日、竹下派や自民党内に今も影響力を持つ青木幹雄元参院会長に面会を申し入れたが叶わなかった。周辺はその理由を次のように説明している。
「大勢が決まってから来てもどうしようもないから、断った」
党員投票を求めた結果、出馬表明で出遅れ
石破氏のもう一つの誤算は、総裁選の実施方法だった。二階幹事長ら党執行部は、安倍首相の辞任に伴う総裁選を「緊急を要するもの」と位置づけ、党員投票と議員投票の比率を同等に扱うフルサイズの総裁選ではなく、党大会に代わる両院議員総会を行い、党員投票を省略する形式を採用すべきとの考えに傾いていた。この方法では、地方票に比べて議員票の比重が重くなる。
「常に国民や党員の声を聞く自民党であらねばならない」と主張してきた石破氏は、この“簡易版”とも言える総裁選出方法に公然と異論を唱え、フルサイズの総裁選を行うよう主張し続けた。その結果、石破氏は岸田・菅両陣営の動きが激しさを増すなかで、明確な出馬表明が出遅れた。
派内の撤退論の背景に二階氏・菅氏との連携論も
ただ、その背景にはもう1つの深い事情がある。最後までくすぶり続けた石破陣営内での撤退論だ。石破派内では、主要派閥の支持により菅氏優位が固まる中、「菅さんになる流れは出来ている中でうちがそのまま出ていいのかということだ。今回は救国内閣なんだから」などと、石破氏は今回出馬を断念すべきだとの意見が出ていた。
自民党幹部も「石破さんは党員投票せずに選ばれることはないと言ってきたんだから、降りる大義はあるでしょう」と述べ、石破氏は党員投票が実施されなければ、それを理由に出馬をとりやめて菅氏支持に回り、「次の次」を目指すべきだとの認識を示していた。
この撤退論については石破氏自身も真剣に検討し、迷ったことを示唆している。それは、石破派をとりまく「孤立」という環境が大きく影響しているとみられる。
石破派は、安倍一強体制の中で政権に批判的なスタンスをとり、党内で孤立を深めていた。2018年の総裁選でも石破氏を支持したのは、石破派と竹下派や無派閥議員の一部にとどまり、党員票では善戦したものの議員票で安倍首相に大きく水を開けられた。そのため石破氏陣営は、次の総裁選に向け党内の支持を広げるべく周到に準備を進めていたはずだった。
6月8日、石破氏は二階俊博幹事長と面会し9月に開催する予定だった石破派の政治資金パーティーでの講演を依頼したほか、同月発売の月刊誌「文芸春秋」のインタビューでは、菅氏について「地方への熱い思いを持っている」と持ち上げた。安倍首相から冷遇されている石破氏にとって、安倍首相が後継として期待をかけているとされた岸田氏を評価していない二階氏や菅氏との距離を縮めることは総裁ポストに近づくための近道だったのだ。
しかし今回は安倍首相の急な辞任表明という事態に伴い、連携を期待していたはずの二階氏が菅氏を担ぐという構図になってしまい、再び孤立必至の状況に陥っていた。それだけに今回は菅氏を支援し、「次の次」に二階氏や菅氏の支援を得て総裁に近づこうという戦略を検討したものとみられる。
ただ、石破派内で「ここで降りたら終わる。次の展開を考えても手を挙げ続けるべきだ」という主戦論が上回ったほか、各種の「次の総理」に関する世論調査で一時は菅氏を上回りトップに立ったことで、石破氏もその期待の声を裏切るわけにはいかなくなり、最終的に出馬表明に踏み切った。
自らの派閥のロゴの前での出陣式に見る苦境と「次」へのグレートリセット
こうして、竹下派の支持も得られず、石破派と一部の無派閥議員の支持のみで総裁選に臨まざるをえなくなった石破氏。その孤立は、2年前には幅広い支持を集めるべく「地方創生 日本創生 石破茂」というロゴ背景の前で出馬会見を行ったにも関わらず、今回は「水月会」という自らの派閥のロゴ背景の前で出馬会見を行ったことにも表れている。
石破氏は2018年の安倍首相との一騎打ちでの総裁選では参議院竹下派などの支持を得て73票の議員票を獲得したが、今回は三つ巴の総裁選でもあり、前回の議員票を上回るのは至難とみられる。
一方で、合同演説会での石破氏については、演説力を評価する声も多く、党員からの支持も根強い。それだけに、どのように政策を主張し、一般党員による予備選に基づいた地方票をいかに多く獲得できるかが、求心力維持のカギとなりそうだ。そうした中で石破氏は、キャチフレーズとして「納得と共感」に加え「グレートリセット」を新たに打ち出した。
「成し遂げたいのはグレートリセット。もう一度この国の設計図を書き替えていくことであります。そうしなければこの国は次の時代に生き残ることができない、やらねばならないのはグレートリセットで、国の在り方をもう一度皆さんと共に考え直し、つくり直していきたい」(8日の所見演説会)
この言葉はより改革イメージを打ち出す効果がある反面、安倍政権の実績を否定しかねない側面もある。石破氏にとっては、過度に安倍政権への批判に傾倒した場合、菅氏や二階氏といった連携を期待していたはずの勢力との距離を広げることになるというジレンマを抱えている。いかにして独自色をアピールしつつ党内有力者との関係を構築していけるか、石破氏の「孤立解消」に向けた難しい戦いは続きそうだ。
(フジテレビ政治部 自民党総裁選取材チーム)