都内でこの夏行われた「第41回全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」に出場した、クラーク記念国際高校所沢キャンパス1年の信太(しだ)美紗生さん。
「偏見のない未来」と題したスピーチでは、聾者の信太さんが感じていた聴者との壁について語り、3位に選ばれた。信太さんに「聾者と聴者が理解しあい、偏見のない社会をどう作っていくのか」インタビューした。

「“何もできないイメージ”強いのかなと思っていた」

「私は聾者です。私が社会の中で活動する際に聞こえないことを伝えると『あーそうなんですね』と距離を置かれたり、戸惑われたり、自分を紹介される時『聞こえなくても楽しんでいる』『聞こえないのにすごい』『障害を乗り越えて』と大人達に言われる事があります」

クラーク記念国際高校(以下クラーク)1年生の信太美紗生さんは、檀上でこう語り始めた。

信太さんは3位に入賞した(前列右から4番目、写真提供:社会福祉法人 朝日新聞厚生文化事業団)
信太さんは3位に入賞した(前列右から4番目、写真提供:社会福祉法人 朝日新聞厚生文化事業団)
この記事の画像(6枚)

そして信太さんは「(入学するまでは)聴者から聾者は可哀想とか、何もできないというイメージが強いのかと思っていました」と続けた。

信太さんの高校では、これまで聾者の生徒はおらず、いまも信太さん1人だけだ。

聴者の中で「聴覚障害者」と社会から感じていた壁を壊すには、「もっと時間がかかると思っていた」と感じていた信太さんだったが、学校での同年代との交流が「壁」を見つめ直すきっかけとなった。

手話で自己紹介したら皆ぽかんと…

中学校まで信太さんは、明晴学園という日本手話と書記日本語による教育を行う私立聾学校(特別支援学校)に通っていた。

聴者だけの学校に入学しようとした理由を聞くと、信太さんは「これまで遠くの学校に通っていました。そこで自分の住む地域で学校を探したら、こんなところがあるんだと思ってクラークに入学しました。クラークではボランティア活動がすごく沢山あって、もっと多くの出会いもあるかなと思って決めました」と答えた。

クラーク記念国際高校の友人と
クラーク記念国際高校の友人と

信太さんのコミュニケーションの方法は筆談と手話だ。
入学した最初の自己紹介は手話で始まった。

信太美紗生さん:
字幕を作ってそれに合わせて手話で自己紹介をしたら、皆口をぽかんと開けている感じでした。手話に興味を持ってくれる友達が少しずつできたので、興味を持つ人には教えたりSNSで手話のアカウントを作成したりして、手話のコミュニケーションが増えました。
いま6人くらいいて、中にはホワイトハンドコーラス(※)に見学に来た同級生もいます。

(※)信太さんが参加するインクルーシブな合唱団。「手歌」で歌を表現する。

(参照:“手話”と“声”で歌を表現する「ホワイトハンドコーラス」 全身で奏でるバリアゼロの合唱団
https://www.fnn.jp/articles/-/712839

「聾者の習慣や歴史、芸術性も伝えたい」

授業では音声認識アプリ「YYProbe」を使っている。
筆者も信太さんから教わって使っているがとても便利だ。

信太美紗生さん:
授業ではアプリが読み取りやすいように前に座らせてもらっています。
部活はバスケットボール部に入って、次は卓球部も入りましたが、練習日が少ないので、いまは陸上部にも一緒にやろうと誘われて参加しています。

ホワイトハンドコーラスで手歌の練習をする信太さん ©Mariko Tagashira
ホワイトハンドコーラスで手歌の練習をする信太さん ©Mariko Tagashira

スピーチで信太さんは「同年代と交流を重ねてみて、聴者からの『聾者は可哀想』というイメージや壁がある事は私の偏見だと気づきました」と語り、こう続けていた。

信太美紗生さん:
大人達ではなく、同年代と関わり壁がない事に気づき、自分からいろいろ行動してみることで、手話だけでなく、聾者の習慣や歴史、芸術性についても伝えたいと感じました。
まずは自分の周りからその輪を広げていきたいです。聾者一人一人が伝えていけば、より深くわかり合えると思います。

「地道に訴えていかないと皆気づかない」

学校では手話のコミュニケーションのほか、聾者が手話を禁止され苦しみ手話が言語と認められるまで、80年以上かかった聾者の歴史を友達に話したり、手話ポエム(※)を披露したりした。

同級生からは「初めて知った」「一緒にやってみたい、教えて」と言われたという。

信太美紗生さん:
地道に訴えていかないと皆気がつかないと思います。自分1人でできることは範囲がとても狭いので、例えば、同級生に言ったらお母さんに言ってもらってと、口伝に広がればいいなと思っています。

(※)日本手話の特性を活かし、情景や気持ちを表現する「見える詩」

ホワイトハンドコーラスの仲間たちと ©Mariko Tagashira
ホワイトハンドコーラスの仲間たちと ©Mariko Tagashira

信太さんは高校1年生。これから将来に向けてどんなことをしたいのか聞いてみた。

信太美紗生さん:
明晴学園では韓国に海外研修旅行に行きましたが、自分の視野が狭いことに気づいて、もっと世界を知りたいなと思いました。
いまASL(=アメリカ手話)を覚えているので使ってみたいですね。将来は、場所はまだ決まってないのですが、芝居に関して学べる場所に行きたいです。

「耳が不自由な人」ではなく「聾者」という言葉を

インタビューの最後に信太さんは筆者にこう語った。

信太美紗生さん:
「聞こえないから不自由だね、障害だね」みたいな考えはやめてほしいと思っています。だから「耳が不自由な人」、「聴覚障害者」という言葉ではなく、必ず聾者という言葉を使ってください。

手話によるスピーチコンテストの出場者たちと(写真提供:社会福祉法人 朝日新聞厚生文化事業団)
手話によるスピーチコンテストの出場者たちと(写真提供:社会福祉法人 朝日新聞厚生文化事業団)

信太さんのスピーチの最後はこの言葉で締められる。

信太美紗生さん:
一度理解してもらえれば、次に聾者に会った時にも、距離を置いたり、戸惑ったりはしないでしょう。また、周りに偏見を持っている人がいても、それぞれの立場で正すことができます。少しでもお互いの立場を理解して想像力を持って、偏見のない社会を作っていきましょう。

(サムネイル写真:©Mariko Tagashira)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。