駅やバス停が一定の距離の範囲内にない“交通空白地”。
路線バスやタクシーのドライバーの高齢化や、なり手不足が大きな原因となり、地方を中心に全国的に問題になっている。
石川・加賀市では、今年3月から自治体が主体となり、住民が自家用車で乗客を運ぶ“加賀市版ライドシェア”を導入し、順調に運用している。
この記事の画像(19枚)10月21日には仕組みを提供するUber Japanと加賀市らが「加賀市版ライドシェアドライバー向け安全講習会」を行った。
講習会を取材してみると、Uberと地元が一体となって交通安全に取り組む意識の高さや、地元の住人が交通の担い手になることによる、地域活性化への希望が見えてきた。
新幹線延伸に合わせライドシェアを導入
日本海と福井県に接する加賀市は、片山津温泉・山代温泉・山中温泉という3つの歴史ある温泉地があり、“関西の奥座敷”とも呼ばれる北陸を代表する観光地だ。
今年3月16日、北陸新幹線の金沢~敦賀間の延伸により、加賀温泉駅が開業。
大阪から2時間6分、東京から2時間43分でアクセスできるようになり、格段に便利になった。延伸後は観光客も26%増加(前年度4~8月比/加賀市観光商工課調べ)している。
2023年12月のライドシェアに関する規制緩和以降初となるUberと自治体の提携は、この新幹線の延伸がきっかけとなった。加賀市の宮元陸市長は、背景についてこう話す。
「これまで加賀市では、移動手段の不足が問題になっていました。人口の減少で路線バスの本数も減っている中、タクシーも不足していて予約もままならないという、非常に厳しい状況でした。
観光地としては複数の移動手段の確保はどうしても必要になってきます。 また、市民の方々も非常に困っておられた部分もありまして、自治体主導でぜひやりたいということでライドシェアの導入に踏み切りました」
「地方の移動手段として不可欠」
ライドシェアとは、普通免許を持つ一般ドライバーが、移動が必要な人に対して自家用車で送迎を行い、運賃を報酬として受け取るシステム。
乗降場所の指定から配車、決済まで全てアプリ上で完結するのも特徴だ。
加賀市版ライドシェアは、Uber Japanが配車アプリを提供し、加賀市観光交流機構が運行主体となり、市内のタクシー会社である加賀第一交通が運行管理を行っている。
利用方法は、Uberのアプリを開き、従来と同様に乗車場所と降車場所を指定する。
そして、「加賀ライドシェア」を選択すると、登録したドライバーたちとのマッチングが始まる。決済も従来どおりアプリで完了できる。加賀温泉駅にはライドシェア専用の乗り場もできた。
ドライバーは、他に本業を持つ地元の住民で、面接を通過した35名が登録している。そのうちの一人、女性のドライバーは、夫が経営するそば店で働きながら、空いた時間に稼働している。夫もドライバーとして活躍中だ。
「海外でもライドシェアを利用した経験から、提供できる側にもチャレンジしてみたくて応募しました。いろんなお客様と会話できて楽しく運転しています」と、登録した動機を教えてくれた。
これまで乗せた人は観光客が多く、その多くが海外の人。地元の人では、飲みに行った帰りに利用する人もいるそうだ。これまでトラブルは0件だという。
順調に運用が進む中、宮元市長はライドシェアの普及はこれからの地方の交通に欠かせないと実感している。
「アプリ1つで、予約から決済まで一貫してできて簡単なうえ、迎えも非常にスピーディー。さらに、ドライバーの方の接客が非常にいいと評判です。
今後は観光客だけでなく、子供たちの送迎や高齢者の移動など、きめ細かく対応できるようになればいいですね。ライドシェアは地方の移動手段として不可欠になっていくでしょう」
地域一丸となった安全への取り組み
10月21日(月)の午後、加賀自動車学校で、「加賀市版ライドシェアドライバー向け安全講習会」が開催された。Uber Japanが加賀市・加賀自動車学校・加賀第一交通の協力のもと主宰した。
11名のドライバーが、日ごろライドシェアに利用している自家用車で参加した。
前半は座学で、Uber Japanのセーフティ部門の担当者による講義と、加賀第一交通による接客マナーの講義など。
そして後半は、指導員とともにコースに出て、実際に利用者を乗せた状況を想定した実技講習となった。
「お客様とマッチして車を停める際が1番危険。左側に車を寄せる際にバイクのすり抜けがあるなど、事故につながる可能性が高くなるので、目視とミラーで十分確認してください」などと、講師が安全運転のポイントを解説。
11名のドライバーたちは、時に質問を交えながら、講師の教えに従って丁寧にシミュレーションを繰り返していた。
自動車学校の指導員の畑博昭さんは、講習会への意気込みをこう語ってくれた。
「講習を受けることによって改めて安全の大切さに気が付いてもらうことが大切。我々がご協力することによって、地域全体の安全運転の底上げになったらと思っています」
講習に参加したドライバーは、「久しぶりに教習所で指導員に横に乗っていただき、改めて安全確認の大切さを意識した。今日学んだ気遣いやおもてなしの心を実践に生かしていきたい」と話す。
安全への取り組みを強化
これまでUberは、Uber Eatsの配達員向けの安全講習は随時行ってきたが、ライドシェアドライバーの安全講習は初となる。
開催の狙いについてUber Japanの山中志郎代表は次のように語る。
「ライドシェアは、ドライバーの方が日ごろ慣れ親しんだ道を、自家用車を用いてお客様を送迎するのが特徴です。ただし、お客様との合流や荷物の取り扱いなど、日頃の運転とは異なるシーンが多くあります。
本日の講習会は、ドライバーのみなさまが実際に運転する中で、改めて安全について基礎からおさらいしたいという声をいただいたことから企画しました」
ライドシェアの場合、タクシーとは異なり、ドライバーは流しなどで利用者を探す必要がない。
アプリの指示通りの経路で乗車位置から降車場所まで行けばよく、二種免許を持たないドライバーでも高度なテクニックなしで利用できる。
それでもやはり人を乗せることは普段の運転とは異なる。そこで念を入れて安全を確認してほしいという。
さらに、独自のテクノロジーを駆使した安全対策にも力を入れている。今回の安全講習ではその取り組みを強化する目的もあった。
Uber独自の安全対策
「10年以上にわたって世界中でライドシェア事業やタクシー配車を展開する中、 その国や地域の文化や交通事情、そして規制の内容などに合わせて様々な安全機能を開発、導入してまいりました。
その結果、今日のUberは世界の配車アプリの中で最高水準の安全対策を有していると自負しております。今回の講習会では、そのようなテクノロジーを駆使した安全対策への取り組みをさらに強化するものだと考えております」
例えば、Uberには利用者がドライバーを評価し、ドライバーも利用者を評価するという「相互評価」システムがある。
そして利用者もドライバーもマッチング相手の平均評価を見て、マッチング後でも乗車をキャンセルできるので、安心してUberアプリを利用できる。
また、全ての乗車中の車両の位置情報が共有されており、乗客・ドライバーの双方が家族や友人と位置を共有することができる。
加えて、コースを大幅に外れる、一カ所で長時間車両が止まっている時は、Uberから乗客とドライバー双方に安全確認のメッセージをアプリで送信する。そのメッセージから即座に緊急通報行うこともできる。
前出の女性ドライバーは、Uberの安全対策について「ルートから外れると“問題ありませんか?”とアプリ上に表示されるので、きちんと管理されているんだなと感じ、安心できます」と話す。
今回の講習で、安全運転とUberの安全対策について学び、技術に磨きをかけたドライバーは、学んだ内容を運転に生かしていきたいと意気込む。
「これまで不安でUberを利用したことがないという人も、一度利用して便利さや安全性をぜひ体験してみてください」と山中代表。
そして公共ライドシェアの将来についてこんな展望を話してくれた。
「ライドシェアの導入は、利用者だけでなくドライバーの方や地域にもメリットがあります。例えば観光地の場合は閑散期などの隙間時間に稼働することでプラスアルファの収入が得られ、地域経済の活性化にもつながっていくのではないでしょうか。
自治体によるライドシェアに関しては、各地の自治体からお問い合わせをいただいていますし、我々としても加賀市のような取り組みを日本全国に広げていきたいと思っています」