「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家の野崎幸助さんを殺害した罪で起訴されている、元妻の須藤早貴被告(28)。この事件の裁判員裁判が、9月12日に始まることが決まった。
一方、須藤被告は別の男性から、留学費用などの名目でおよそ2980万円をだまし取った罪にも問われていて、9月2日には、和歌山地方裁判所で判決が言い渡される。
5月、初公判で法廷に現れた須藤被告は、黒いワンピースに黒いカーディガンで、腰のあたりまで伸びた、ストレートの黒い髪が印象的だった。
声は小さかったが、裁判長からの質問には、はっきりと答え、終始落ち着いているように感じられた。
元夫・野崎幸助さん(当時77歳)が死亡したのが6年前、須藤被告が野﨑さん殺害容疑で逮捕されたのが3年前。
この3年の間、取材に無言を貫いていた須藤被告が、しっかりと受け答えする姿が不思議に思えた。 詐欺事件での裁判を通じて見えてきた須藤被告の人物像とは。
■「紀州のドン・ファン」と呼ばれた野崎幸助さん

和歌山県田辺市で酒の販売や金融業などを営み、50億円とも言われる巨額の資産を築いた野崎さんが、一躍世間にその名を知られるようになったのは、「窃盗事件の被害者」としてだった。
2016年、74歳のときに、当時交際していた20代の自称モデルの女性に、自宅の現金600万円と時価5400万円相当の貴金属を盗まれたのだ。
【野崎幸助さん(2016年)】「宝石箱、宝石一式全部持って帰りました。すべて持って帰りました。時計とかダイヤモンドとか全部持って行った。(その女性とは)アバンチュールですね。それが私の脇の甘いところ。もうそういう女はここに入れません」
かつて出版した自身の著書で、「1億円は紙くずみたいなもの」、「女性と交際するには軍資金が必要」などと述べ、多くの女性と交際した野崎さんは、スペインの伝説上のプレイボーイになぞらえて、「紀州のドン・ファン」と呼ばれるようになった。
■野崎さんの急死…死因は「覚醒剤中毒」

そんな野崎さんが急死したのは、2018年5月のこと。
寝室で死亡しているのが見つかり、死因は急性覚醒剤中毒で、まもなく他殺の疑いが浮上する。
直接証拠がなく捜査は難航したが、2021年、野崎さんが死亡するわずか3カ月前に結婚した須藤被告が、野崎さん殺害の疑いなどで逮捕された。
捜査関係者によると、野﨑さんが死亡する直前に自宅で2人きりだったことや、田辺市内で、須藤被告が密売人と接触したとみられることなど、状況証拠を積み重ね、検察も「須藤被告が何らかの方法で覚醒剤を口から摂取させた」と立証できると判断し、殺人と覚醒剤取締法違反の罪で起訴したのだった。
なお須藤被告は、逮捕後の取り調べで容疑を否認し、それ以降は事件への関与について供述しなくなったという。
■「金を受け取ったことは事実」も「分かった上で払ったと思う」と詐欺罪が成立しないと主張

多くを語らなかった須藤被告が、野崎さん殺害について裁判で何を語るのか注目される一方、先に始まったのが「別の男性」への詐欺罪に問われた裁判だった。
野崎さん殺害に関する捜査の中で明らかになった事件で、須藤被告は2015年から2016年にかけて、札幌市に住む当時61歳の男性から、いずれもそんな事実はないのに、
①「美容学校の機器を壊し、その弁償費用」として300万円
②「海外留学の準備金」として1507万円
③「カットモデルの女性の髪を傷めてしまい、その慰謝料と補償」として1174万6560円
3回であわせておよそ2980万円をだまし取った罪に問われている。
5月の初公判で須藤被告は、「私が金を受け取ったことは事実」と述べたものの、「うそもつきましたが、それを分かった上で、彼は私の体をもてあそぶために払ったと思っています」と「金をだまし取った」ことを否認した。
弁護側も、「男性はだまされたのではなく、須藤被告と性的な接触などを得たいがために、現金を振り込んだ」と述べ、「被害者をだまして財物を奪う」という詐欺罪が成立するか争う姿勢を見せた。
■証人尋問と被告人質問で2人の主張が対立する点も

2回目の公判では、被害者の男性に対する証人尋問が行われ、男性は次のような内容を話した。
・須藤被告とはキャバクラのホステスと客として知り合い、美容学校の学費のためにキャバクラで働いていると聞いた。
・須藤被告は「親が病院関係で、美容師になりたい夢に反対していて、学費を出してくれない」と話していた。
・18歳と知って、未成年がキャバクラで働いていてはいけないと思い、「キャバクラを辞めなさい」と言った。
・「学費を出してやる」と言って月15万円支払うようになった。
・その後「美容学校で使う機器を壊したので、弁償に300万円かかる。親は出してくれない。頼れるのは(被害者の呼び名)だけ」と言われて、被告の口座に振り込んだ。
・さらに「美容関係のコンクールで知り合った美容室経営の社長から海外留学の話が出たので、留学したいがその費用の1500万円を親が出してくれない」と被告から言われた。
・「最初は考えさせてくれ」と言った。その後、留学する締め切りが迫っていると連絡があって、「夢を応援してあげるよ」と返信し、投資信託を解約して金を用意して振り込んだ。
・嘘とわかっていたら払っていない。
・2018年になって、刑事が来て、留学に行かなかったということなどを知った。その時は、絶句して声も出なかった。それまでは須藤被告のことを清楚で純粋な女性だと思っていた。
・性的な接触について検察側から質問され、キスを頬にしたこと、服の上から胸を触ったことがそれぞれ1回あったと話す。
・さらに「金を出すから性的なことをさせて欲しかったのか?」と聞かれ、「違います」と否定。
・厳しい処罰を望むと訴える。
一方、須藤被告は被告人質問で、被害者の男性から性的な行為を何度も受けたと語った。以下のような内容だ。
・最初は、キャバクラのホステスと客。キャバクラをやめろと言ってきたので、愛人のような感じになった。月々手当として金を受け取り、カラオケに行って、性的な行為をする関係。
・お小遣いとして、美容学校の学費用に15万円は定期的にもらい、1回会うごとに10万円ぐらいもらい、あわせて毎月50万円ぐらいになっていた。
・こうした関係は13カ月ぐらい続き、650万円以上は受け取った。 ・会うたびに体を触られ、徐々に下半身や性器を触られるようになっていった。
・こうした性的行為については、10万円もらっているので抵抗しなかった。エスカレートしてきたときに、抵抗したことはあった。
・「15万円」と男性に伝え、もらっていた学費は、実際には5~6万円で、キャバクラのほかの客から「15万円もかかるわけがない」と言われていた。被害者の男性も金額について信じていなかったと思う。
・留学費用については、1500万円という金額が「突っ込みどころ満載で、(うそと)分かるでしょ?分かっていて遊んで、話を合わせてくれているんだろう」と思っていた。「金額は信じていなかったと思う」と述べる。
そして、「これだけのお金を受け取ったのは事実で、嘘をついたことも反省しています。被害者の言い分では、私が一方的にお金をふっかけてだまし取ったようになっていますが、『オレオレ詐欺』みたいに善良な市民をだましたのとは違って、私が未成年と分かって体を求めてきた。私が詐欺師なら、被害者は性犯罪者だと思っています」と主張した。
この被告人質問で生々しい性的な行為の内容を語ることもあった須藤被告は、ほとんど動揺する様子もなく、淡々と質問に答え続けた。
■「金への執着」うかがわれた被告人質問

この被告人質問を通じて、私たちが感じたのは、須藤被告の金への強い執着だ。
留学費用の1500万円という、うその金額について須藤被告は、「被害者が資産家だと思っていたので、自分で考えて相当な額を伝えた」と話していて、できるだけ多くの金額を得ようとしていたことがうかがわれる。
さらに金を受け取った際に、被害者から受けたという性的な行為について、須藤被告は真実とも受け取れるような、生々しい内容を語った。
被告人質問の最後には、「性犯罪者だと思う」とまで厳しく言及してもいる。
その一方で、繰り返し被害者の男性と会い、性的な行為について「10万円もらっているし、まあいいかと思っていた」などという発言もあった。 男性はそんな須藤被告の言葉を、どう受け止めていたのだろうか。
■「詐欺罪の成立」は… 殺害事件の初公判を目前に須藤被告は

詐欺罪での判決言い渡し前、最後となった7月5日の裁判で弁護側は、「被害者の男性は性的な接触の対価として被告の嘘に乗っかって高額の金を渡していた」などと主張し、検察側は、「被害金額が大きく、信じていた人に裏切られる男性の精神的負担も重大で様々なうそでだました巧妙な犯行」となどと主張し、懲役4年6カ月を求刑した。
本当に被害者の男性は、須藤被告のうそを信じ、だまされていたのか。
それとも須藤被告が語ったような、性的な行為はあり、男性はそれが目的でうそとわかっても金を振り込んでいたのか。それぞれの主張が食い違う中で、判断は裁判所に委ねられる。 注目の「紀州のドン・ファン殺害事件」の裁判の開始を10日後に控えて、須藤被告はどのように判決を聞くのだろうか。
須藤被告はこの詐欺事件の当時は19歳だったが、社会的関心の高い殺人事件の被告人として、すでに実名報道されていることなどから、実名で報道する。
(関西テレビ「紀州のドン・ファン事件」取材班)