7月下旬、東京江戸川区の駅でホームの乗客が次々にエアガンで狙撃され、大学生が逮捕された。公共交通機関の利用客が無差別に狙われた犯行で、警視庁は当初、単独でテロ行為を行う「ローンオフェンダー」の可能性もあると見て緊張感を持って捜査に及んだ。
だが、逮捕した大学生の口から出たのは無邪気で身勝手な動機だった。
実は失明の危険もあった危険な事件
事件があったのは7月27日と28日のこと。東京・江戸川区のJR平井駅で、ホームにいた30代女性と60代の男性が何者かによって発射されたBB弾で狙撃されたのだ。

幸い2人にケガはなかったが、撃たれた女性は背中や左肩などに4発。そのうち1発は顔からほど近い首下に直撃していた。一歩間違えて目にでも当たれば失明してしまう。そんな危険をはらんだ事件だった。
捜査関係者が焦った「エスカレートする可能性」
警視庁小松川警察署はすぐさま捜査に乗り出した。現場に向かった捜査員たちは連日、現場での聞き込みや、防犯カメラ映像の解析にあたる。署員たちはどんな事件も全力で対応しているが、今回の事件は一際、緊張感が伴っていた。
その理由の1つが犯行現場に残されていたものにある。駅のホームには犯人が撃ったBB弾が落ちていたのだが、その数が約80発。人を狙うためにこれだけの数を発射できることが犯行の大胆さを物語っていた。当時、捜査関係者はこのように感じたという。「早く捕まえないと、エスカレートする可能性がある。」
捜査は「ローンオフェンダー」も想定
犯行の2週間前、アメリカのトランプ前大統領が銃撃された事件があった。

容疑者の男は組織や団体に属さず単独でテロを行ったとみられる。いわゆるローンオフェンダーと呼ばれる。安倍元首相や岸田首相を襲った事件も、ローンオフェンダーによる犯行だった。
組織に属していれば、警察は日々の捜査や情報収集で得た情報からどんな人物であるか、次の犯行の動きなどを予測しながら捜査できる。

しかし今回の平井駅の事件は、初めから情報がない。また、無差別に乗客が狙われたことから、独自の考えを示したり広めようとしたりするローンオフェンダーの可能性も想定して捜査が行われた。BB弾とはいえ、エスカレートした先が凶悪犯罪に繋がる可能性は十分にあるのだ。
そして事件発生から6日後の8月2日、警視庁は24歳の男を逮捕した。江戸川区の大学に通う学生だった。
男は事件があった駅のすぐ目の前にあるマンションに住み、ホームを見下ろせる自宅のベランダから乗客を狙撃していた。そして男は「私のしたことに間違いありません」とあっさりと容疑を認めた。
事件は“男の悩み”から始まった
逮捕されると容疑者に待っているのは取り調べである。テレビドラマでもおなじみだが、取調官が容疑者に質問をして犯行に至った動機などを明らかにしていく。
当然、男にも同じように取り調べが行われた。男は、捜査員の問いかけに対して、素直に答えながら反省する態度を見せていた。
世間を騒がせた事件の容疑者というより、その辺にいる普通の学生という印象さえ持ってしまったそうだ。また、彼がエアガンを手にしたきっかけはごくごく単純なものだった。

「最初はハトを追っ払うためだった」
男がハトを狙い始めたのは7月の中旬。自宅のベランダで糞をするハトに悩んでいたという。そこで男はハトを追い払うためエアガンを使用した。1つ断っておきたいのは、ハトをエアガンで撃つのも立派な犯罪である。しかし、初めから人を狙っていた訳ではなかった。ではなぜ人を狙うようになったのか、その動機は耳を疑うようなものだった。
「人に当たると反応するので、それが面白かった。」
犯行を思い留まれなかった理由
自身の高まる欲求を抑えることができなかったのか、エアガンの銃口がハトから人に向けられるのに2週間とかからなかった。犯行がエスカレートした早さに警察も驚いたことだろう。そんな動機を語る男に、取調官はいさめるように「危ないことだとわからなかったのか?人の目に当たったら失明するような危険な行為だ」と問いかけた。
すると男はこう言ったという。
「危険があることは承知していたが、それよりも好奇心が勝った。」
エアガンも悪質な使い方をすれば、人の身体に一生癒えることのない傷を与える危険性がある。それを承知の上で、「好奇心が勝った」という供述を聞くと、男の犯行は身勝手なものだと言わざるを得ない。
ましてや、JRという市民が日常的に使う交通インフラで起きた事件だ。そんな場所で乗客に対し銃口が向けられたことを「恐ろしい」と思うのは私だけではないはずだ。
男は8月5日の夕方に釈放された。反省の態度を示した上で、逃亡の危険性や、ローンオフェンダーにみられるような偏った思想がなかった為だった。
彼が、2度と同じような犯罪を繰り返さないこと、そして同じような犯罪が起きないことを強く願いたい。