きっかけは、岸田首相の発言からだった。 

2023年8月、岸田首相は、火災で消失した沖縄県にある首里城の復元工事を視察し、沖縄県の観光事業者と車座対話を行ったあと、オーバーツーリズム対策について次のように語った。 

岸田首相がオーバーツーリズム対策について言及(8月26日)
岸田首相がオーバーツーリズム対策について言及(8月26日)
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岸田首相(2023年8月26日):
インバウンド客が、さらに回復していくことが見込まれる。観光客が集中することによって生じる混乱、マナー違反による混乱など、いわゆるオーバーツーリズムへの懸念について、政府として重要課題だと受け止め、この秋にも対策を取りまとめていきたい。

観光地では“マナー違反”も…対策が急務に

新型コロナウイルスの水際対策が大幅に緩和された2022年10月以降、日本を訪れる外国人旅行者数は急速に回復している。 

外国人旅行者数は新型コロナウイルス感染拡大前の2019年と同水準に
外国人旅行者数は新型コロナウイルス感染拡大前の2019年と同水準に

政府観光局の推計によれば、2023年11月には244万800人が日本を訪れ、新型コロナウイルス感染拡大前の2019年と、ほぼ同じ水準になっている。 

その一方で、一部の地域では、過度の混雑やマナー違反による地域住民の生活への影響や、旅行者の満足度の低下といった、オーバーツーリズムへの懸念が再び強まっている。 

例えば、「青い池」などの美しい風景で知られる北海道・美瑛町では、写真を撮るために農地(私有地)への立ち入りが多発。

神奈川・鎌倉市の踏切に集まる多くの観光客
神奈川・鎌倉市の踏切に集まる多くの観光客

神奈川・鎌倉市では、人気アニメの影響で有名な踏切の周辺に多くの観光客が集まり、公道に滞留する事態となっている。 

さらに京都市では、舞妓や芸妓を無断で撮影したり、車道まで広がって歩く観光客の姿も多くみられるなど、各地の観光地で対策が急務となっている。 

オーバーツーリズムに“2つ”の対策パッケージ

こうした中、冒頭の岸田首相の発言をきっかけに政府も対策に乗り出し、 2023年9月には、観光庁や経産省、環境省などの関係省庁が集まり、「オーバーツーリズムの未然防止と抑制」の観点で、対策の検討を始めた。 

オーバーツーリズムの未然防止・抑制に関する関係省庁対策会議 第1回会議(9月6日)
オーバーツーリズムの未然防止・抑制に関する関係省庁対策会議 第1回会議(9月6日)

翌10月には、対策パッケージが取りまとめられ、大きく分けて以下の2つの対策が示された。 

1.「観光客の集中による過度の混雑やマナー違反への対応」 
2.「地方部への誘客の推進」 

具体的にみていくと、

1.「観光客の集中による過度の混雑やマナー違反への対応」としては、鉄道運賃を変動制にして、混雑状況に対応した運賃値上げを実施できるような制度の運用やバスを住民利用と分けるため、観光地に直結する急行バスの導入促進。観光スポットや周辺エリアの混雑状況をリアルタイム配信することや高速道路料金の割引について、平日と休日のバランスを見直すことで利用の分散をはかることなどが盛り込まれた。 

また、マナー違反対策として、日本を訪れる前からマナーの意識を高めてもらうために禁止事項を絵で示す、統一のピクトグラムを策定して世界的な旅行ガイド本へ掲載することや、私有地への侵入や文化財への落書きなどの被害を抑止するために、防犯カメラなどの設置を支援するなどとしている。 

東京・大阪・京都・千葉・神奈川の5都府県で、都道府県別外国人延べ宿泊者数の全体の7割を超える。 各観光地での対策だけでなく、別の場所へ分散することもオーバーツーリズム対策には必要不可欠であり、観光庁の担当者も「地方への誘客・分散化はいっそうしっかりやっていかなければならない課題」だと話す。 

2.「地方部への誘客の推進」としては、地方へ誘客するだけでなく、旅行消費額を増加させて地域を活性化することが必要として、1回の旅行で100万円以上消費する外国人富裕層の誘客強化が不可欠としている。 

観光庁が選定した11モデル地域(観光庁サイトより)
観光庁が選定した11モデル地域(観光庁サイトより)

観光庁は、地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりを実現するため、全国11のエリアをモデル地域として選定した。 

大自然や希少動物とふれあう「東北海道」、伊勢神宮を核とする参拝文化や国立公園をいかした「伊勢志摩」、やんばるや奄美などの自然や琉球の歴史を生かした古武道体験などを想定した「沖縄・奄美」などで、宿泊施設や体験、観光コンテンツを充実させていく。 

先駆モデル地域に最大8000万円補助

こうした対策を地域の状況に応じて進めるために、観光庁は地域主導で取り組みを行うモデル事業として、約20地域を公募で選定し、費用面などを支援する。

補助金の上限は8000万円で、 先駆け的な事例をつくり、ほかの地域にも広げたい考えだ。 公募内容などの詳細は、2024年1月中旬以降、決まり次第、観光庁のウェブサイトで公表するとしている。 

航空便の回復が遅れていることなどを背景に、まだ本格的に回復していない中国からの観光客が戻ってくると、さらに深刻な事態となる可能性もある。 

オーバーツーリズムと一言にいっても、地域によって状況や課題は様々だ。 観光客の受け入れと住民の暮らしの確保を両立させ、それぞれの観光地に合った対応が求められる。 
【取材・執筆:フジテレビ 社会部国交省担当 井上文那】

井上文那
井上文那

フジテレビ報道局社会部記者。国土交通省、海上保安庁、観光庁担当。
記者を5年以上経験し、これまでに経済部記者として流通・物流・エンタメ業界、経産省、環境省、消費者庁、復興庁などを担当。