サリンなど化学兵器製造の中心的役割

筑波大学で有機化学を専攻し、1989年に教団に入信した土谷正実(つちや・まさみ)死刑囚。

教団が先鋭化していく中で、化学兵器の製造で中心的な役割を果たした。

当時、山梨県旧上九一色村にあった教団施設には、土谷死刑囚の教団名(クシティガルバ)を冠したプレハブ小屋が作られ、土谷死刑囚はこの中で

サリンやVXなど殺人に使われた化学薬品を次々に生成していった。


「悪魔に魂を売り渡した殺人化学者」

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松本智津夫死刑囚への強い忠誠心をみせた土谷死刑囚は法廷でも化学の専門知識を誇示するような発言を繰り返した。

しかし、一審では、サリンを製造したことは認めたものの、「事件で使われたのは自分が生成したものかどうか分からない」と殺意を否認し、松本死刑囚との共謀についても否認した。

一方、検察側は「松本死刑囚の期待に応えて積極的にサリンを生成しており、悪魔に魂を売り渡した殺人化学者そのもの」だと糾弾して死刑を求刑。

土谷死刑囚は意見陳述でも「一連の事件はオウムの犯行ではない」とする物語風の主張を延々と続けただけで、裁判の中で反省の言葉はなかった。

死刑判決を受けた2004年の一審判決以降、一度も公の場に姿を見せず、最高裁で死刑が確定した。

2014年の元信者の裁判員裁判でも精神状態が不安定なことを理由に土谷死刑囚の証人尋問は、裁判員らが、東京拘置所に出向いて非公開で行われた。

土谷死刑囚は7月6日に死刑を執行された。