パレスチナ自治区のガザを実効支配する、イスラム組織ハマスによるイスラエルへの電撃的な奇襲攻撃は世界に衝撃を与えた。
4400発(イスラエル側発表 10月9日現在)のロケット弾攻撃に加えて、陸・海・空からハマスの戦闘員がイスラエルに侵入。無差別攻撃や多数の民間人などの誘拐に至り、その用意周到さとともに、イスラエル側の諜報活動の失敗も指摘されている。

一方、イスラエルとサウジアラビアの関係を正常化させるなど中東和平を進めてきたバイデン政権の構想は、崩壊の危機に瀕している。
さらにアメリカ政府は、ロシアによる侵攻が続くウクライナ支援に加え、イスラエルへの軍事支援にも踏み切る「二正面作戦」を迫られることになる。そのうえ最大の課題である中国抑止の政策にも一定の影響が出る可能性も指摘され、米政府関係者からは悲壮感も出始めている。
米軍は原子力空母を東地中海に派遣
「ここ数十年で最大の攻撃」「新たな10月戦争(第4次中東戦争の別名)」、アメリカのシンクタンク「アトランティック・カウンシル」に寄稿された複数の専門家の論評は、衝撃を持ってこの事件を伝えていた。
世界最強とも言われていたイスラエルの対外情報機関「モサド」がこの攻撃を察知できなかったことの背景には、様々な理由があると見られているが、結果として「安全保障上の失敗」なのは間違いないと言えるだろう。

イスラエルと深い関係にあるアメリカは、8日に空母打撃群を東地中海に派遣すると発表。地域の戦闘機部隊の増強とイスラエルへの軍需品の供与も表明した。
バイデン大統領はネタニヤフ首相と連日に渡って電話会談を行い、さらなる支援とともにイスラエルへの全面的な支持を表明した。
イランの関与はあったのか?
最大の注目を集めているのは、ハマスの攻撃の背後にイランの関与があったのかどうかだ。
米紙ウォールストリート・ジャーナルは8日、ハマスとレバノンのイスラム組織ヒズボラ幹部の話として、イラン当局者がイスラエルへの侵入方法を考案したと報じた。さらに、10月2日にレバノンで開いた会議でイランが攻撃の許可を出したとしている。
これに対して、アメリカ政府は長年に渡ってイランがハマスを支援してきたことは認めているが、今回の攻撃への関与は慎重に見極める姿勢を示している。ホワイトハウスのカービー戦略広報調整官も9日、「イランが直接関与していたという確固とした具体的な証拠はまだ見つかっていない」とした。

アメリカ政府の元高官で、テロや諜報活動の専門家であるウェクスラー氏は論評で、「ハマスがその戦略的目的を達成する唯一の方法は、紛争が拡大することだ」と指摘する。
前述の報道については「イランは明らかにこの報道を望んでおり、地域戦争にまで拡大するようなイスラエルの行動を引き起こしたいと考えているのだろう」と分析している。
アメリカ政府の慎重姿勢も、一歩間違えれば中東の緊迫度が格段に高まり、全面的な戦争にも陥る可能性があることの裏返しということだ。

ただ、イランの革命防衛隊とレバノンのイスラム組織ヒズボラが、イスラエルとの国境に近いシリア南西部に部隊を展開したとの情報もあり、情勢は予断を許さない。
トランプ氏「60億ドルをテロ国家に渡した」
一方、アメリカ国内では、トランプ前大統領の陣営が、ハマスの攻撃直後に声明を発表した。
バイデン政権が今年8月にイランで拘束されている5人のアメリカ人の釈放の見返りに、凍結していた60億ドル(約9000億円)のイランの石油収入の解除に応じたことを強く批判。
トランプ氏は以前から、バイデン政権のイラン政策を「弱腰」と批判し、60億ドルを支払えば「中東全域のテロに使われる」と発言していただけに政権を激しく責めている。
バイデン政権側は、60億ドルが今回の攻撃に使用されたことを強く否定している。

また、これに呼応するように、真偽は不明だが、トランプ氏の側近である共和党のグリーン議員はXへの投稿で、「アメリカがアフガニスタンやウクライナに支援した武器が、ハマスに流れている可能性が高い」と指摘した。

イスラエルへの支援は、共和党支持層には根強い一方で、ウクライナ支援の中止、縮小を訴える声がさらに強まりそうな雰囲気も出てきていて、2024年の大統領選挙も見据え、議会の混乱にさらに拍車をかける可能性がある。
アメリカ政府関係者「中国に最大の好機」
アメリカ政府関係者は取材に対して、イスラエルの警戒不足を嘆くとともに、「報復は必ず行われる」として、イスラエルとハマスが戦争状態に突入することに諦めとも取れる覚悟を示していた。
一方で、現状の世界情勢については「今は中国に最大の好機だ」と危機感も示している。
アメリカ国内では、ウクライナ支援に大量の資金と武器を供与している中で、中国の台湾侵攻などの有事が起きる「二正面作戦」に陥ることに強い警戒感がこれまで示されていた。
しかし、政府関係者からは今回のハマスの攻撃によって、ロシア・中東の「二正面」に加えて、中国との間で偶発的な軍事衝突や、台湾有事が起きれば「三正面作戦」を迫られるという強い悲壮感が現れている。

バイデン政権が進める「拡大抑止」のもとで、アメリカと各国の安全保障での協力関係が進んでいるが、東アジア地域で米軍が手薄になるなど、パワーバランスが変化すれば、日本政府も安全保障政策のさらなる転換の必要に迫られるかもしれない。
中東は破壊の連鎖につながるのか・・・
アメリカの専門家からは、これから数日から数週間が中東地域におけるイスラエルの立場を決定付ける大きなポイントとも分析している。「第3次インティファーダ(対イスラエル抵抗運動)の条件はすでに整った」との声も挙がっている。

再び何百、何千のもの市民が死に、再びガザを含む中東地域で大規模な破壊が行われることになるのか。世界のパワーバランスが崩れる危機がひたひたと迫っている。
(FNNワシントン支局 中西孝介)