妊娠から出産までの母子を診察する周産期医療。地方では医師や看護師といった医療人材の確保などが課題となっている。熊本・荒尾市の新たな取り組みを取材した。

荒尾市の周産期医療を担う松尾院長

荒尾市で産婦人科を開業して22年になる松尾州裕医師。妊婦健診から分娩(ぶんべん)、産後ケアまで地域の身近な医療機関として周産期医療を担ってきた。

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妊婦:
産科は慣れた所がいい。知っている所なので、すごく安心している

里帰り出産をした女性:
今は千葉に住んでるんですけど里帰り出産した。安心感が一番あったので、絶対こっちに帰ってきて産みたいなと最初から決めていた

「まつおレディースクリニック」は里帰り出産も多いクリニックだが、産科を継続するかどうか岐路に立たされている。その要因の一つは人材確保の難しさだ。看護師や助産師など18人のスタッフで24時間対応しなければならないのがクリニックの現状だ。

医療現場で進む働き方改革も新たな人材確保を難しくしている。

まつおレディースクリニック・松尾州裕院長:
夜間を支える人間が減ってきている。うちもギリギリいっぱい。この中で一人でも倒れると当直を維持していくのが困難

少子化でさらに難しくなる産科継続

少子化も産科継続を悩ませる要因の一つだ。荒尾市の出生数は、2013年は446人だったが、2022年には269人に減り、過去10年間で4割も減少している。ほかにも後継者不在など頭の痛い問題ばかりだ。

まつおレディースクリニック・松尾州裕院長:
「もうやめるからいいよ」って投げやりになったことも何度もありますし。今職員が倒れたらダメになるけど、それが先なのか医院をやめるのが先なのかそれの恐怖感であおられていた

分娩対応できる病院は2つだけに…

荒尾市内で分娩対応できる民間の医療機関は今では2カ所になってしまった。もう一つ残る「いしかわ産婦人科」も現状は同じだ。

いしかわ産婦人科・石川勝康院長:
分娩自体を辞めようかなと思っていたところ、正直…。3、4年前から分娩やめて外来だけとか

親子2代、35年にわたって地域に頼られてきたが、出産数の減少、後継者の不在などの課題に直面している。

いしかわ産婦人科・石川勝康院長:
お産の数も減って、田舎なのでスタッフを維持するのも大変で。月に1例あっても30例あってもスタッフの配置は一緒。経済的にはかなり厳しくなって

何らかの対策をしなければ数年後には荒尾市で出産ができなくなるのではとの懸念もある。

荒尾市独自のシステムを考案

2023年3月に開かれた会議では、新しい周産期医療の体制について話し合われた。荒尾市民病院の医師や医師会、行政の関係者などが集まった。

まつおレディースクリニック・松尾州裕院長:
今、県南を含めたところで「産科の周産期医療の崩壊」といわれています

荒尾市民病院・勝守高士院長:
(新しい)有明医療センターで開業医の先生たちが来て分娩をする形になるので

荒尾市民病院・藤井績小児科医:
生まれた子の安全を担保するためには小児科医がもっと要る。産んで終わりではなく、産後の対応をしなければいけない

有明医療センターイメージ図
有明医療センターイメージ図

荒尾市の周産期医療は危機的な状況にある。2023年10月の荒尾市立有明医療センターの開院を機に、「オープンシステム」と呼ばれる荒尾市独自のシステムをつくろうとしていた。

荒尾市民病院・山本真一副院長:
実行するには何が必要か、限られた時間で準備しないといけない。やるしかない

新システム導入後は医師の負担も軽減

これまで妊婦健診や分娩を有明医療センターと2つの民間病院の3つの医療機関がそれぞれでやってきた。しかし、「オープンシステム」では初診から35週目までの妊婦健診を2つの民間医院で、それ以降の健診や分娩までを有明医療センターで行う。

分娩を有明医療センターに集約させるオープンシステムの仕組み
分娩を有明医療センターに集約させるオープンシステムの仕組み

特徴的なのは、それぞれの医療機関に通っていた妊婦が受診する際には、可能な限り、開業医の2人の医師がセンターに来て診察することだ。

このシステムを導入することで熊本大学や医師会などからの協力も取り付けた。分娩は有明医療センターの医師2人と松尾医師、石川医師の4人が当番で担当する。

役割分担をすることで効率化が図られ、それぞれの負担軽減にもつながる。

荒尾市民病院・勝守高士院長:
ここだけの問題ではなく全国的な問題なので

まつおレディースクリニック・松尾州裕院長:
ちょっと無理をしてでも始めないといけない。たぶんやらないと、私たち開業医も荒尾市民病院も共倒れになる。そうなると荒尾市全体で産むところがなくなるのが早晩やってくる

荒尾市も新システム導入を後押し

荒尾市も同じ危機感を持っていた。

浅田敏彦荒尾市長:
この新システムの協議を荒尾市としても積極的に関わり、荒尾市で安心して出産できる環境をつくり上げたい

有明医療センター
有明医療センター

熊本県内の自治体の中には、民間も含めて分娩ができなくなるところが増えている。そんな中でも荒尾市は産科継続を決断した。「オープンシステム」について関係者から慎重な意見も相次いだが、最終的には導入する方向で一致した。

2023年6月には協議会も立ち上がり、診療費の問題や人材の研修など詳細な部分を詰めていった。

荒尾市医師会・伊藤隆康会長:
何としても日本初のシステムを成功できるように、医師会も全力で応援していきたい

着々と整う妊婦の受け入れ体制

2023年9月には、新しい病院の産科で提供される食事の試食会が開かれた。産科では、ムニエルにステーキ、ケーキまでふるまわれる予定だ。

試食会で振る舞われたムニエルやステーキ、ケーキなど
試食会で振る舞われたムニエルやステーキ、ケーキなど

大嶋壽海 病院事業管理者:
病院食を超えている

いしかわ産婦人科・石川勝康院長:
これだったら患者さんも喜んでもらえる

妊婦の受け入れ態勢も整ってきた。有明医療センターの開院は2023年10月1日、診療開始は10月2日だ。まずは妊婦健診から始め、11月ごろから実際に分娩を開始する。

まつおレディースクリニック
まつおレディースクリニック

この「オープンシステム」が始まると、松尾医師は有明医療センターで当直も担当することになる。自身のクリニックでは健診のほか、婦人科の対応が主となるため、病棟などは今後、閉鎖する予定だ。

まつおレディースクリニック・松尾州裕院長:
どんどん人口が減ることを考えるのではなくて、人口を増やそうと。そのためには「周産期の医療がしっかりしてるんだよ」って、「地域でやっているんだよ」っていうところをアピールしていこうと。少ない人数でどうやって支えていけるのかパイロットケースになれるんじゃないかと

地域の課題に官民一体となって解決に向かう新たな取り組み。まだまだ課題はあるが、地域から“産声”を消さないため関係者の模索は続く。

(テレビ熊本)

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