家庭から収集され処分される大量の“ごみ”。静岡市の清掃工場では、この大量のごみが農業用の肥料に変身し、農作物の生産に効果を上げている。「産・学・官」連携による全国初のごみ再生の取り組みに迫った。

溶融スラグって何? 

溶融スラグ
溶融スラグ
この記事の画像(8枚)

「溶融スラグ」という言葉をご存知だろうか?家庭から出たごみや焼却処分した後の灰を清掃工場の特殊な溶融炉(シャフト炉式ガス化溶融炉)で1700℃から1800℃の高温で溶かして有害物質を分解・除去、さらに金属分を分別した後に残った細かな砂状の加工物のことである。高温で処理するため、ダイオキシン類は分解され安全な物質とされている。

西ケ谷清掃工場(静岡市葵区)
西ケ谷清掃工場(静岡市葵区)

静岡市ごみ減量推進課によると、静岡市で1年間に収集される可燃ごみは約19万トン(2021年度)。ごみを焼却した後の灰は最終処分場に埋め立て処分されていたが「処分場の受け入れがひっ迫し、灰を有効活用するためにスラグ案が出てきた」と担当者は説明する。

静岡市では2010年4月、西ケ谷清掃工場(静岡市葵区)に日鉄エンジニアリング(本社・東京都)製のシャフト炉式ガス化溶融炉を導入し、溶融スラグの生成を開始した。2017年からは沼上清掃工場(静岡市葵区)の焼却灰も合わせて溶融スラグを生成し、2021年度に生成された溶融スラグは1万6000トンに上る。静岡市全体でスラグ化されず埋め立て処分された焼却灰は約8000トンと18年前の2割にまで減少した。

産・学・官で肥料化の実証実験開始

では、砂状に加工された溶融スラグはどこに行くのか?

主に土木工事での利用が中心となっている。水道管や下水道管を地中に埋める際、管を保護するための埋め戻し材のほか、アスファルト舗装やU字側溝などコンクリート製品の材料などに利用されている。日鉄エンジニアリング資源化推進室の関勇治 マネージャーによると、溶融スラグの中にはケイ酸カルシウムという成分が多く含まれる。このためケイ酸を栄養の元とするイネ科の植物の肥料としても使えるのではないかと、日鉄側が静岡市と静岡大学農学部に研究を持ち掛けたのが2012年。「産・学・官」連携による本格的な実証実験の始まりだった。

静岡大学・森田明雄 副学長(2019年撮影)
静岡大学・森田明雄 副学長(2019年撮影)

研究に携わった静岡大学の森田明雄副学長は、「溶融スラグには肥料の主要三元素のチッソ、リン、カリウムが含まれていないため、肥料として成立するのか最初は半信半疑だった」と当時を振り返る。

しかし、静岡大学で水稲(コシヒカリ)栽培の実証実験の結果、溶融スラグを肥料とした稲は茎が強く、収穫量(籾・玄米)も肥料を与えなかった稲より2割から3割増加した。こうした実証実験の結果を受け、西ヶ谷清掃工場で生成された溶融スラグは2022年3月、農林水産省から保証成分量が可溶性ケイ酸25%・アルカリ分30%・く溶性苦土(マグネシウム)1%の肥料として、全国で初めて認められたのである。

溶融スラグから出来た肥料「SKケイカル」
溶融スラグから出来た肥料「SKケイカル」

この溶融スラグ肥料は現在、JA静岡経済連が「SKケイカル」という商品名で一般的なケイ酸肥料と比べて2割から3割安い値段で販売している。肥料農薬課の担当者によると、2022年に正式に肥料として登録されて以降、年間の販売量は約60トン(20キロ入り3000袋)。担当者は「肥料が一般ごみから出来ているという由来を聞くと身構える生産者はいるが、費用対効果はあると確信している」と、今後に期待を込める。

用途広がるSDGsな溶融スラグ

山田錦の栽培(提供:日鉄エンジニアリング)
山田錦の栽培(提供:日鉄エンジニアリング)

その期待に応えるかのように、全国初認定の溶融スラグ肥料は、水稲栽培だけではなく一次産業の様々なところで効果が試されている。

浜松市浜北区の「花の舞酒造」は、2021年から静岡山田錦研究会とともに酒米の山田錦の栽培に溶融スラグ肥料を試している。静岡山田錦研究会の鈴木康央 会長は、「酒米の出来はこれまでと変化ないものの、溶融スラグ肥料を使うことで経費が半減する費用対効果があり、最近では稲の成長も良くなっている」と肥料の効果を評価する。

桜島大根の収穫(提供:日鉄エンジニアリング)
桜島大根の収穫(提供:日鉄エンジニアリング)

また浜松市南区の中田島地区では、桜島大根の栽培に使用したところ、1個あたり10キロを超える大型の大根が収穫できたという。このほか、ワサビ、サトウキビ、マコモダケ、タマネギの栽培など農業分野での用途は様々だ。

用宗海岸で実験が行われた藻場再生の様子(提供:日鉄エンジニアリング)
用宗海岸で実験が行われた藻場再生の様子(提供:日鉄エンジニアリング)

溶融スラグの活用は農業分野だけではない。日鉄エンジニアリングは2017年から5年間、静岡市駿河区の用宗海岸で、東京海洋大学や東海大学、それに静岡市とともに藻場再生の実験を実施。西ヶ谷清掃工場で生成された溶融スラグを使って効果が確認された鹿児島県奄美大島の実績にならい、溶融スラグを使用したコンクリートブロック40基を海中に沈め、海藻のカジメの生育状況を継続調査した。結果、スラグブロックでカジメの成長は見られ、静岡市環境局の担当者は「今後もうまく利用できないか検討していきたい」と話す。

溶融スラグの新規用途の模索に奔走する日鉄エンジニアリング・関マネージャーは「家庭から出たごみを環境リサイクルに役立つための材料として使用させてもらい、もう一度、素材(野菜や水産物)として消費者にお返ししていきたい」と話す。

浜松市廃棄物処理課によると、浜松市も2024年4月に天竜区で稼働予定の新しい清掃工場で溶融スラグを生成し、土木工事資材だけではなく、肥料化も含めた多方面での活用の研究に取り組むという。

溶融スラグは今後SDGsの意識の高まりとともに、まだまだ成長の余地がありそうだ。

(テレビ静岡 特別解説委員・永井 学)
 

テレビ静岡
テレビ静岡

静岡の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。