新型コロナウイルス感染症の法律上の位置づけが“5類”に移行したことを受け、立ち会い出産や面会が解禁になるなど、お産の場面でも変化があった。 これは、産科医療の転換期に出産を迎えた家族の記録だ。
2年前、コロナ禍で初めての出産「寂しさや怖さで震えていた」
2023年5月初め。
都内に住む森本奈々さん(28)は、まもなく出産を控えていた。夫の光さん(30)、長男の義晴くん(2)も、赤ちゃんに会える日を心待ちにしていた。

長男・義晴くんが生まれたのは、2021年3月。新型コロナウイルスの感染が拡大し、医療現場でもさまざまな規制が強化された時期だ。
日本産婦人科医会によると、コロナ禍だった2021年当時は、6割以上の病院で立ち会い出産が認められず、7割以上で産後の面会も禁止されていたという。
初めての出産だった奈々さんも、入院中の面会は禁止で、夫と会えたのは出産時の30分間のみだった。

森本奈々さん(28):
すごい閉塞感で、病院はピリピリした雰囲気でした。当時は全部オンラインで、初めての出産だったので、何が何だかわからない状態。情報収集はほぼネットだったので不安でした。
夫・光さんによると、当時の奈々さんは「寂しさや怖さで震えていた」という。
夫・光さん(30):
当時はお父さんクラスが準備されていたんですけど、それも全部中止になりました。
(奈々さんと)入院中に電話したとき、寂しかったり、怖かったりで、一人でぷるぷるしていました。辛かったと思う。
“条件緩和”で2時間立ち会い・産後面会可能に 夫「ちょっとでも支えに」
それから2年たった、2023年5月。2人目の出産予定日が目前に迫った8日、新型コロナウイルス感染症の法律上の位置づけが季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行した。
これを受け、奈々さんのかかりつけの病院「東京マザーズクリニック(東京・世田谷区)」では、立ち会い出産の条件を緩和し、これまで中止していた産後の面会を解禁した。
光さんは今回、2時間の出産立ち会いと、産後の面会が可能になった。
奈々さん:
8日から規制が緩くなるのは、うれしいです。
そして5月10日、午前1時半ごろ。すでに入院していた奈々さんから光さんのもとへ、陣痛の知らせが入った。光さんは病院に駆けつけ、足早に陣痛室に向かう。

奈々さんの前に姿を見せると、手を握って言葉を交わした。奈々さんの顔には笑顔が浮かんでいる。
奈々さん:
緊張してる?
光さん:
うーん。どうかな。

奈々さん:
頑張ります。
光さん:
頑張れ。

「ドキドキと楽しみが半分半分。ちょっとでも支えになれたら」と話す光さん。奈々さんに続き、感染対策のマスクと黄色い防護服を身に着け、分娩室へと入っていく。
出産後も2時間の一家団らん「自分たちも病院も雰囲気が明るく」
奈々さんから連絡が入って約4時間後の、午前5時21分。

光さんの立ち会いのもと、体重3188グラムの赤ちゃんが誕生。待望の女の子だ。夫婦で誕生を迎え、出産後も2時間、家族で喜びを分かち合うことができた。

奈々さん:
宝物が一つ増えました。産まれた瞬間は、うれしくて自然と涙が出ました。自分たちも病院も、雰囲気が明るい出産ができるようになりました。
光さん:
(出産に立ち会い)手を握ったり頭をなでたり、ここにいるよって伝えられました。

5月8日以前は禁止されていた産後の面会も認められ、長男の義晴くんも入院部屋に駆けつけて、家族全員が集合。
奈々さん:
お兄ちゃんの反応が楽しみでしたが、まだ赤ちゃんを受け入れられていないみたいです。4人家族、にぎやかな家庭になりそうでワクワクしました。
こうして、家族4人の新しい生活が始まった。
緩和のメリットと感染リスクの狭間で
「東京マザーズクリニック」の林聡院長は、立ち会い出産や産後の面会への規制を緩和していく影響を、次のように話す。
ーー緩和措置は妊婦さんにとってどのような効果が?
「東京マザーズクリニック」林 聡 院長:
やはり精神的な安定感。家族がいることで、出産をリラックスして迎えることができます。産後も、育児などで不安がある。家族に会うことで精神的なゆとりができるのは大事です。
ーー生まれてきた赤ちゃんへの影響は?
科学的な根拠はないですが、肌と肌を合わせるスキンシップが赤ちゃんの呼吸を安定させるなど、いろいろな意味でメリットがあると言われています。

妊婦や赤ちゃんにより良い影響があるとして、規制の緩和に前向きに取り組む一方で、感染リスクとの兼ね合いで葛藤を抱えてきたという。
「東京マザーズクリニック」林 聡 院長:
新型コロナが5類になったばかりで、コロナが収まったわけではなく、妊婦さんや赤ちゃんを守っていかなきゃいけない。妊婦の感染は重症化するともいわれているため、慎重にやっていかなければならない。
医療施設の先生らと情報交換をしながら少しずつ緩和措置をとっていくといい、「ご家族の一生に一度しかない瞬間ですから。どういう状況であれ、出産を迎えて幸せになっていただくよう最大限サポートする、それに尽きます」と話した。
そして出産後…2歳長男はすっかり“お兄ちゃん”
そんな医師のサポートのもと、家族そろっての出産をへて、新しい生活が始まった森本家。

取材を始めたころ、「お兄ちゃんになるって知ってる?」と記者に聞かれると、元気に「ううん!」と答えていた義晴くん。今では、おうちではすっかり“お兄ちゃん”をやっているそうだ。

一方、奈々さんは女の子の洋服をたっぷり準備中!「いくらあっても足りないです」と楽しそうな様子だった。
【取材後記】
「もう始まっちゃったんです。陣痛」
奈々さんから陣痛の知らせを受けた午前1時半過ぎ、私は布団から飛び出した。出産経験がない私だが、命の誕生において“絶対”などという言葉が存在しないことはわかる。一気に緊張感が押し寄せ、奈々さんと赤ちゃんの無事を願いながら、病院へと向かった。
今回取材を始めたきっかけは、コロナ禍で出産を経験した女性の声だ。SNSを見ると「家族との交流が全部禁止された」「ひとりで心細かった」など、出産の記憶が辛いものになった方も少なくないようだった。
経験したことのない痛みや体の反応など、もしそれが出産において正常なものでも、何かに直面するたびに動揺して不安になる。ましてやその時、隣に家族がいないとしたら…。
私もひとりの女性として、心が痛んだ。そして “5類移行”は、妊婦さんの不安を少しでも和らげるきっかけになるのか、産科医療にとってどのような意味を持つのか気になった。
病院に到着した。どんなに健康そうな赤ちゃんやお母さんだとしても、“赤ちゃんの気まぐれ”が起きないか、常にお産の現場には緊張感が漂っている。そんな現場を目の当たりにし、出産とは不安定で繊細なものなのだと実感した。
そんな緊張の連続のお産だが、もちろん、大きな喜びももたらす。

赤ちゃんが無事に誕生し、少し疲れた様子の奈々さんと光さんが顔を寄せ合って「ほら、笑ってる」と頬を緩める姿に、胸がいっぱいになった。そして「家族がそばにいる」という当たり前のことを、コロナ禍の妊婦さんたちがどれだけ待ち望んできたかと思うと、その光景はあまりに愛おしく、尊いものだった。
一方、取材をして見えてきたのは、産科医療に関わる方々のジレンマだ。妊婦や赤ちゃんとその家族を「会わせてあげたい」「でも、守らなきゃいけない」という2つの使命感を天秤にかけながら、よりよいお産の環境を模索する姿があった。
“5類移行”はひとつの節目に過ぎない。不安が付きまとう妊婦さんの心に、少しでも寄り添えるような柔軟なケアが必要である一方、医療機関としての機能を保持するための冷静な判断が今後も求められている。
取材・執筆:小溝茜里
(「Live News days」5月11日放送より 一部情報を追加しています)