タイの覚醒剤密輸組織摘発

ドアを突き破って部屋に入る警察。部屋にいた容疑者に逮捕状を見せて読み上げた。6月9日朝、タイ警察の麻薬取締局は首都バンコクとその近郊で、覚醒剤の密輸組織の関係先19カ所を捜索し、ナイジェリア人の男や韓国人の男、それにタイ人の女など男女あわせて10人を薬物の販売目的所持などの疑いで逮捕した。また、日本の末端価格で4000万円ほどの覚醒剤などが押収された。

ドアを突き破って部屋に入る警察
ドアを突き破って部屋に入る警察
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事件の端緒は日本でのタイ人女の逮捕

日本を訪れるタイ人が増加する中、覚醒剤を隠し持って日本に入国しようとして逮捕されるタイ人が相次いでいる。警察庁によると、2019年に発覚した覚醒剤の密輸事件は過去最多となる273件。このうち航空機を使ったケースが189件にのぼり、この中で最も多かったのがタイからの密輸で49件だった。

検挙されたタイ人は64人のうち52人が女で、「運び屋」としてタイ人の女を使って密輸するケースが急増していることが明らかになった。さらに、捜査の過程で、タイの密輸組織の存在が浮かび上がった。日本の警察から情報提供を受けたタイの警察は2019年10月、リーダー格であるナイジェリア人の男とタイ人の女を逮捕。その後、捜査を進めた結果、6月9日、バンコクで男女10人を逮捕したのだ。10人は覚醒剤の調達役だったとみられている。

運び屋の報酬は観光ツアーと7万~10万円

作戦名は「Black Sashimi」タイ警察が作成した密輸の流れを示すパネル
作戦名は「Black Sashimi」タイ警察が作成した密輸の流れを示すパネル

タイ警察によると、日本に覚醒剤を密輸するいわゆる「運び屋」を務めたタイ人の女は、日本での観光ツアーに参加する予定だった。日本での観光ツアーに加え、1回でおよそ7万円から10万円の報酬がもらえたという。

1つの観光ツアーに4、5人の運び屋が紛れ込み、密輸が発覚しても逮捕されるのはこのうち1人程度だった。運び屋は1人250gほどの覚醒剤を体内に入れるなどして隠し持っていて、タイ警察は2019年に100kg近く、末端価格で50億円以上の覚醒剤が日本に密輸されたと推定している。

日本へ密輸する理由は高値での取引

押収された覚醒剤
押収された覚醒剤

なぜ、タイから日本への覚醒剤密輸が増えているのか。捜査関係者によると、最大の理由は、高値で取引されることだ。覚醒剤は、タイ北部などで大量に製造され供給過多となっていて、タイでの末端価格は1g=3400円程度に値下がりしている。

しかし、日本での末端価格はタイの15倍以上にのぼり、1g=5万円以上する。この価格の差と日本を旅行したいタイ人が多いことが、日本への密輸を急増させている理由だという。

さらに20人が関与か…全容解明へ

タイ警察の会見・2020年6月9日
タイ警察の会見・2020年6月9日

タイ警察は、この事件に関与したとして、これまでにおよそ30人を逮捕している。さらに逃走を続ける別のナイジェリア人を含む20人ほどが事件に関与しているとみている。密輸された覚醒剤の取引をめぐっては、日本の暴力団が関与している可能性もあり、タイと日本の警察は情報を交換しながら、事件の全容解明に向けて捜査を進めている。

タイ側の事情だけではない。覚醒剤の密輸が増えるのは、そこに覚醒剤を購入する日本人がいるからだ。安易な気持ちで、薬物を始め、依存から抜け出せなくなるケースが後を絶たない。幻覚などによって他人に危害を加えるケースもある。ネットやスマホの普及などによって薬物購入のハードルが下がり、薬物の影が身近に忍び寄ってきている。だが、決して近づいてはいけない。

【執筆:FNNバンコク支局 武田絢哉】