全国の多くの自治体が地方創生に取組む中、いま、長野・佐久市の「リモート市役所」が話題になっている。

リモート市役所は、ビジネスチャットツール「Slack(スラック)」を使って運用されているオンラインサロン。主に同市への「移住」を促進する目的でつくられた。

そこでは、市内外の人たちが佐久市に関する「実際、どうなの?」について自由に意見交換。実際、ここでのやりとりをきっかけに移住を決断した人も次々と出ている。

リモート市役所の誕生は、2021年1月25日。今年は開設からちょうど2年になる。

この「リモート市役所」ではどんな活動が行われているのだろうか?

佐久市役所広報広聴課の垣波竜太さんと、リモート市役所の課長・やのてつさん(ラジオ放送局FMヨコハマ勤務、神奈川県在住)に聞いた。

Slackで気軽に聞ける、佐久市の「実際どうなの?」

荒船パノラマキャンプフィールドからみた星空
荒船パノラマキャンプフィールドからみた星空
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パリッと澄んだ空気。夜になれば満点の星々。遠方には浅間山や八ヶ岳などをのぞむ大自然に囲まれた佐久市は、都心からのアクセスも抜群だ。

東京駅から北陸新幹線に乗り、市の中心部・佐久平(さくだいら)駅までは約80分(隣は軽井沢駅)。

車の場合は、東京・練馬ICから2時間弱ほどで到着できる。日照時間は全国トップクラスで、真夏も過ごしやすく、観測史上一度も熱帯夜を観測したことがない。

もちろん、中心街に行けば何でもそろうし、特に地域医療、包括ケア体制がしっかり整っていることで定評もある。  

中心街と大自然が隣接する住みよい環境が魅力
中心街と大自然が隣接する住みよい環境が魅力

そんな佐久市が、なぜ「リモート市役所」を開設したのだろうか。

佐久市役所広報広聴課の垣波さんはその理由をこう話した。

佐久市役所広報広聴課の垣波さん
佐久市役所広報広聴課の垣波さん

「実は、2010年をピークに佐久市の人口が減少に転じたんです。そのため、市役所に移住相談窓口を設置、移住促進活動に力を入れ始めました。

そして、コロナ禍が始まって緊急事態宣言などが出るようになった頃、『リモート市役所』をつくりました。

感染の危機もあり、移住希望者が実際に来ることができなかったので、私たちは『佐久市に興味のある人がリアルに足を運ばなくても、“なまの情報”を受け取れる場所をつくろう』と考え、リモート市役所を創設しました」

たとえば佐久エリアには 、イエナプラン教育(=個々人を尊重しながら自律や共生を学ぶ)などの先進的な取り組みで有名な私立大日向小学校がある。

そのため、もともとこの小学校への入学を希望して移住する人はかなりいた。

しかし、現実に引っ越すとなると、生活に関わる「なまの情報」も知りたくなるもの。そこで活きてくるのがリモート市役所だ。

リモート市役所のSlack画面。移住に関する自由闊達な情報交換が行われている
リモート市役所のSlack画面。移住に関する自由闊達な情報交換が行われている

「佐久市は、物価高いの?」
「冬の気温は?暮らしへの影響は?」
「近隣の保育所って、どんな環境ですか?」

質問を「Slack」に投げ込むと、市民などから返事が返ってくる。2021年から開始したリモート市役所に参画している人は、約2100人(2023年1月時点)。

これだけの人がつながっているため、反応も速い。

実際に「家族みんな温泉が好き!佐久でオススメの温泉スポット教えてください!」と聞けば、「みはらしの湯、小諸のあぐりの湯によく行きます。夕暮れ時の露天風呂は最高です!」などと返事がある。

加えて、リモート市役所には市外の人も参加している。リモート市役所の課長・やのてつさんもその一人。彼は、横浜市の都市部在住で佐久市の出身でもない。

リモート市役所の課長・やのてつさん
リモート市役所の課長・やのてつさん

この「市民ではない人がいる」という状況が、リモート市役所のクオリティを高めていると、やのてつさんは自負する。

「佐久市の魅力の中には、市民が『逆に』気づいていないものもあったりします。そこで生活しているから、ある意味『あたり前』になっているのでしょう。

僕みたいな『外』の人の方が、かえってそういった魅力に気づけることがある。それをSlackでシェアしています。外から見た、客観的な意見ですよね。これもまた好評です」

リモート市役所は、いわば、市内外の人が佐久市の生活と移住を支援し合うコミュニケーションプラットフォームと言えるだろう。

佐久市は気球の競技飛行大会「佐久バルーンフェスティバル」でも有名
佐久市は気球の競技飛行大会「佐久バルーンフェスティバル」でも有名

リモート市役所11のチャンネルで魅力を発信

佐久市は役所も魅力的だ。そもそもリモート市役所のような大胆な取り組みは、一般的な行政では実現が難しかったりする。しかし、同市は違った。

「まず、佐久市の柳田清二市長がとても柔軟なのです。市長自身がTwitterなどで日常のことから災害情報まで積極的に発信をしているので、私たち市役所職員が提案して『良い』と判断された施策はどんどん採用されます。リモート市役所もそうでした」(垣波さん)

やのてつさんが佐久市を知ったのも、実は市長が関係しているという。

「私がディレクターをしているラジオ番組に『Saku(サク)』というDJがいるのですが、彼女と同じ『さく』という名の自治体の市長に会いに行くという企画をやりました(笑)。それがご縁で佐久市を訪れる機会があって。市長にも役所の方々にも、また佐久市自体にも一発で魅了されましたね」(やのてつさん)

現在のリモート市役所には、移住相談をメインとする「移住の質問部屋」や、同市の映える画像をシェアし合う「佐久市の写真」、いいところ・悪いところや地域のニュースを広く共有し合う「佐久市のこと」、リモート市役所や市を良くするためのアイデアを募る「アイデア」など11のチャンネルが存在する。その活動は、非常に活発だ。

11のチャンネル内では市民から様々な情報が得られる
11のチャンネル内では市民から様々な情報が得られる

「リモート市役所では立候補した人が“職員”になれます。彼・彼女らと共に私も一員として動いていますが、おかげさまでスムーズな運用ができています。ちなみに課長は公募制です。課長の場合は書類選考や面接がありますが、それらを経て課長になっていただいたのが、やのてつさんです。責任ある職務なので、報酬をお支払いしています」(垣波さん)

スタッフを“雇う”システムはある程度しっかり設計されている。その上で運営的には「自由さ」を追求しているという。

“職員”がルールを固めてガチガチに回すのではなく、参加者が、それこそネガティブな情報も含めて自由に発信できる雰囲気を尊重しているのだ。

「やはり、できる限りリアルな情報に接してほしいですから。一般的な市役所のホームページには、いわゆる『市として出せる情報』しか出ていません。ですが、多くの移住希望者が本当に知りたいのは『それ以外のところ』だったりします。それはポジティブ・ネガティブ両面の情報です。私たちは、みんなが意見をどんどん言ってくれる雰囲気づくりを大事にしています。そうやって出てくる情報にニーズがあるからです」(垣波さん)

その雰囲気は、やのてつ課長の「やりやすさ」にもつながっている。

「市民ではない僕であっても、好きなことが言えますから。そういった文化があるからでしょう。いまリモート市役所では、移住を完了した“先輩移住者”が、これから移住をしてこようとしている“後輩候補者”にアドバイスをするという現象が起きています」(やのてつさん)

それが同市への人の移住をさらに加速させているという。

ちょっとした“気づき”で生まれた移住支援サービス

リモート市役所の自由な文化が新たな施策を生んだこともある。佐久市への移住を検討している人に向けた試住(「試しに住む」の意)支援サービス「Shijuly(シジュリー)」だ。

利用件数は、21年7月の運用開始時点から、昨年12月末までの17か月で30件ほど。サービス開始以降、移住検討者が毎月1~2人ほどが、ビジネスや観光目的ではなく、移住を前提に実際に佐久市を来訪している。

近年、同市では試住のニーズが高まってきている。そんな状況もあってか、以前、Slack上で「来週、佐久市に試しに滞在してみようと思うのですが、子どもを預けられる場所はありますか?」「ホテルではなく、一般的な家屋で宿泊できるところはありますか?」「リモートワークができるスペースを教えてください」といった質問が相次いだ。その時に気づいたという。

リモート市役所の投稿から誕生した試住支援サービス「Shijuly」
リモート市役所の投稿から誕生した試住支援サービス「Shijuly」

「そういえば、試住に必要な情報が集まったサイトって、ないよね…」

こうした経緯から生まれたのが「Shijuly」のサイト。しかも、このサイトはそれらの情報の掲載にとどまらない。佐久市移住の下見をする人に行政から出る補助金の申請までもが行える。

「リモート市役所は、官民一体で、かつ市内外の人が主体的に町おこしに関わることのできる場になってきていると思います」(垣波さん)

そこでは「リモート市役所サミット」というオンラインイベントも開催されている。前回は、佐久市が力を入れている「教育」や、柔軟な働き方と移住を両立させる話題として「複業」をテーマにトークセッションを開いた。

また、参加型のワークショップとして、“試住者”に同市を知ってもらうための市内めぐりの「モデルコース」づくりを行った。これらは、移住のハードルを下げるコンテンツになり得るものだ。やのてつ課長はすでにそのモデルコースを回っている。

観光スポット貞祥寺は西欧への坐禅普及に影響を与えた寺として知られる
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「佐久市って、中心街から大自然の中にまで20分くらいで(車で)行けるんですよね。そんなことって僕が住んでいる横浜の都市部ではあり得ないというか。改めて市の魅力を感じました。でも、意外と市民の方々はその良さに気づいていなくて(笑)。そういった新たな魅力の気づきをみんなに伝えています。それが市外の人である僕の役目です」(やのてつさん)

また、ラジオ局に勤めるやのてつ課長ならではの取り組みも実施しているそうだ。

「佐久市のことをポッドキャストで配信しています。『FMリモート市役所』という音声コンテンツで、今度は『ラジオドラマ』も公開します。リモート市役所が満2周年を迎える1月25日に、です。佐久市は日照時間が長く、標高も高いため星がきれいに見えることで有名なのですが、星に絡めたロマンチックなドラマに仕上げています」

やのてつ課長が引き込まれた佐久市の魅力が詰まった「ラジオドラマ」。興味がある人はぜひ聞いてみて欲しい。

「FMリモート市役所」や「Shijuly」の力もあり、多くの試住体験者がすでにSNSやブログなどで同市の魅力を発信。それが佐久市のプロモーションにつながり、やのてつ課長も「率先して発信したい」と述べる。

現在、オンラインで展開されているリモート市役所は、これからオフラインでのリアルな出会い・つながり・集いも生み出していく。そんな意欲を見せる垣波さんは最後にこう語った。

「町おこしや地域活性化に携わりたい人はたくさんいますが、多くの人はどうしたらいいかがわからないと思うんです。でも、リモート市役所なら簡単に参加できます。そして地域貢献もすぐにできます。『ちょっと覗いてみようかな』くらいの感覚で、ぜひ、リモート市役所を見に来てもらえたら嬉しいです」

「リモート市役所」HP (Slackへのご参加もこちらから行えます)https://www.city.saku.nagano.jp/outside/citypromotion/salon/

「FMリモート市役所」掲載ページ 
https://anchor.fm/fm-remote-cityoffice