福岡市の再開発促進事業「天神ビッグバン」の一環で、複合商業ビルへと生まれ変わる「新天町商店街」。時代とともに変わりゆく天神の街で、その歴史を刻んできた。

新天町再開発 “複合商業ビル”に

福岡市・天神地区の新天町商店街が、2030年をめどに複合商業ビルへと生まれ変わる計画が動き出した。

濱田洋平記者:
新天町は、すっかりクリスマス仕様。商店街を多くの人が行き交っています

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11月30日、新天町商業協同組合や福岡パルコ、西鉄などは、福岡市が進める再開発促進事業天神ビッグバンを活用して、一体で再開発する計画の概要を市に提出したと発表した。

計画では、新天町とパルコ本館・新館の全てと西鉄福岡天神駅ビルの一部を取り壊して、東側と西側の敷地を一体化し、複合商業ビルを建設するとしている。

イメージ図によると、新天町商店街のシンボル、からくり時計があるメルヘン通りは歩行者用の通路に、そして西鉄福岡駅側の一部は、緑のある広場へと生まれ変わるようだ。

現段階でビルの高さや事業費など具体的には決まっていないが、低層階は「歴史を継承しつつ未来に向けた商店街・商業施設を形成」するとしていて、新天町商店街の希望する店舗などが入居するとみられている。

新天町は、戦後間もない1946年に、闇市が横行していた当時の天神町(てんじのちょう)を正常化するため、地元紙の西日本新聞社が、博多商人らに呼びかけて誕生した。

その後、高度経済成長期を迎えたニッポン。天神地区も大きく変貌していく。
1970年代には、デパートの「博多大丸」が、博多駅近くの呉服町から天神に移転。西鉄が手掛ける都市型のファッションビル「天神コア」も開業するなど、街は、活気を増していった。現在「ソラリアプラザ」が建つ場所は、かつて、運動施設の「福岡スポーツセンター」があり、冬季は、天神でアイススケートを楽しむことができた。

そして今、天神ビッグバンで、高さ規制が緩和された高層ビルが徐々に増えている。
一方で、昔の面影を残しつつ市民に親しまれてきた新天町。再開発に向けていよいよ動き出す中、飲食や小売りなど約100店舗の商店街は、今後どうなっていくのか?

女性:
生まれも育ちも福岡なので、若い時はここしかなかったから…、寂しいです。福岡の独特の雰囲気で良かったと思いますけど、残念です

男性:
建て替えるのこれ?天神ビッグバンに合わせてやるということ?新天町はあったほうが良いね。こちらの方が安いし、昔ながらの雰囲気があるから食事もしやすいですよね

女性:
あっちもこっちもビッグバンじゃないですか。自分が好きなお店がなくなるのが悲しいな。“新天町は新天町じゃないとダメよ”というところだけは残してもらって。新天町は天神の顔だから

受け継がれる博多商人の気質

新天町に2店舗を構える創業94年の大隈カバン店。

大隈カバン店・大隈太佳嗣 代表取締役社長:
(新天町に入ったのは)昭和21年。新天町ができた当初からお世話になっている。川端に店があったが、戦災で焼失しましたから、戦後にこちらに

新天町と同じ76年の歴史を持つ南通店。1970年代、店頭には“うさぎのマーク”の巨大看板。店員は皆、制服姿だ。バブル景気に沸いた頃は商店街も活気に溢れ、毎年恒例のバーゲンセール「せいもん払い」にはお買い得品を求めて、大勢の客が殺到した。店舗2階にある小さな扉を開けると、狭い急階段があった。

大隈カバン店・大隈太佳嗣 代表取締役社長:
こちらが3階の入り口です。全然手を付けていませんから、昔のままです。祖父と祖母が、こちらの部屋で寝泊まりしていました

社長の祖父母が50年以上前に暮らしていたという部屋は今、倉庫となっていた。

大隈カバン店・大隈太佳嗣 代表取締役社長:
(自分は)まだ幼稚園に入る前くらいでしたから、たまにはおじいちゃんおばあちゃんのところということで、泊まった記憶がある

代々受け継がれてきた老舗カバン店。商店街の再開発で店舗を継続するかどうか、具体的なことはまだ決まっていないと話す。

大隈カバン店・大隈太佳嗣 代表取締役社長:
通り抜けができて、お店を見て回りながら、お買い物を楽しんで頂けるという商店街ならではの良さをこれからも継承していきながら、新しい時代の流れに即した商店街のあり方を模索して作り出して行くのが大事ですので、しっかり頑張っていきたい

新天町には、76年前に商店街の開業に携わった博多商人の気質、“商業界全体の利益に”との考え方が受け継がれていると、福博の街の歴史に詳しい、近代史研究家の益田啓一郎さんは話す。

近代史研究家 益田啓一郎さん
街を引っ張っていくというかたちではない。あくまでも引っ張るのは「岩田屋」など大きな商業施設が中心だった。新天町は常に寄り添ってアイデアを出す。新天町だけではなく、天神の街全体の共同宣伝を行ったりした。クリスマスシーズンであれば共同宣伝隊が県内だけでなく佐賀の唐津や熊本に遠征した。それは”博多商人のアイデア”を出し合っているからだと思う

新たな新天町に対して益田さんが望むのは、長い歴史を理解した上での再開発計画だ。

近代史研究家 益田啓一郎さん:
歴史は、ずっと紡いで、人も関わりがあって、いまのかたちがある。そういうのも分かって魅力的な施設になるとありがたい

「天神の顔」でもある新天町商店街。8年後、どんな姿へと生まれ変わっているのだろうか?

(テレビ西日本)