2022年9月23日、華々しく開業した西九州新幹線。その一方で特急が大幅に減るなど、大きく利便性が低下したのが長崎本線の江北・諫早間だ。

沿線の鹿島市に住み長年、不同意を貫いた元市長の桑原允彦さんに今の思いを聞いた。

ルートから外れ…地方の切り捨てに危機感

元鹿島市長 桑原允彦さん:
上下分離方式というああいうやり方で、一応の決着がついてからもう15年くらい経つけど、本当早かったね。やっぱりなくなると思ったらさびしいね。長い戦いだった。在任期間中のほとんどは、この問題がのしかかってきていましたからね

元鹿島市長の桑原允彦さん(77)。毎日の散歩では、決まって自宅近くの長崎本線沿いを歩く。

元鹿島市長の桑原允彦さん(77)
元鹿島市長の桑原允彦さん(77)
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1990年から5期20年に渡り、鹿島市をけん引。そのほとんどは新幹線問題との戦いだった。

鹿島市長 桑原允彦さん(1992年当時):
こういう在来線の経営分離ということは、地方の切り捨てにつながる。強い危機感を持っている

佐賀県 古川康知事(2004年当時):
並行在来線のJR九州からの経営分離については、佐賀県としては基本的にはやむを得ないと考えます

並行在来線とは、西九州新幹線でいう「江北(旧・肥前山口)ー諫早」間のことだ。

「新幹線ができれば、JR九州は長崎本線を経営しない」。沿線にあり、新幹線のルートからも外れる鹿島市にとっては、街の将来を左右しかねない重大な問題だった。

存続訴え続けるも“3者合意”で反対の根拠喪失

鹿島市長当時、「こんな無茶なプロジェクトをスタートさせたらいかんですよ」と訴えた桑原さん。

ただ、新幹線を着工するにはルールがあった。それはJRが経営を切り離す並行在来線の沿線全ての自治体から、必ず同意を得ること。

この前提のもと、桑原さんは多くの鹿島市民の声を背に「不同意」を貫いたのだ。

元鹿島市長 桑原允彦さん:
JR九州の特急「かもめ」とその当時行き会うと、「あぁ、これもいつかなくなってしまうのか」という思いでしたけどね。なんとか自分が同意をしないと、そうはならないという仕組みになっているからね、心配するようなことは…。自分でがんばらないかんという風に引き締めていました

しかし2007年、事態は大きく動く。

佐賀県 古川康知事(当時):
今回の3者合意によって、この全区間をJR九州が運行します。つまり経営分離をしないということになります

いわゆる上下分離方式、佐賀・長崎両県とJRによる3者合意だ。

「経営分離には当たらず、沿線自治体の同意は必要ない」という新たな解釈。鹿島市などは反対する根拠を失ったのだ。

現状のままの長崎本線存続を訴え続け、すでに17年の月日が流れていた。

市長を引退して、もう12年。今は孫の世話が日課だ。

元鹿島市長 桑原允彦さん:
孫とこうして遊んでいるときが一番。(晩酌をしながら)うまいなあ~。やっぱり市長当時は仕事のプレッシャーもあったけど、これが1つの緩和剤でね。正直言って、新幹線そのものの報道、記事も含めてあんまり直視していないというか。横目に見て、やっぱり思いはこっちの在来線の方ですね

連日のように流れる新幹線の報道を見るのは、複雑な心境だという。

元鹿島市長 桑原允彦さん:
巨額の費用を投じて、しかも無理に無理を重ねてここまで来たわけですけど、やっぱりこれを生かしてもらわんと。それはもうぜひ、沿線の発展につながってほしいと思っていますけどね

「置き去りにされた地域忘れないで」反対貫き得たもの

思いもよらぬ形で決着し着工。そして、ついに開業を迎えた西九州新幹線。

桑原さんにとっては決して納得のいく結果ではなかったものの、反対を貫いたことで得られたものもある。

元鹿島市長 桑原允彦さん:
最後まで同意を私たちがしなかったから、せめて今からのこの在来線の経営に沿線の市や町は、直接手出しなく済むようになりましたのでね。そういう意味では、最後まで不同意を貫いたことは、よかったなと思っていますね

書斎の引き出しからある文書を取り出した桑原さん。

元鹿島市長 桑原允彦さん:
これが平成19年。上下分離方式という決着のされ方をした後ね、僕はこれを鹿島市内の全戸に配りましたね。いやもう悔しさ、鹿島市民のみなさんがよく理解をして、一緒に戦ってもらいましたので、そのお礼をかねて

文書には桑原さんの思いが書かれていた。

「もし、私たちが大きな力に対して何の抵抗もできず、唯々諾々とひれ伏してしまうような歴史を残すのか。それとも可能性のある限り、市民と力を合わせて、最後まで頑張り抜いたという歴史を残すのか、どちらが良いかということであります。私たちが一生懸命取り組んできたことを後輩たち、子、孫、ひ孫たちも必ずや理解してくれ、それをよりどころにして立派な鹿島市をつくってくれることを信じ、私の鹿島市民への、そして県内各地、全国から応援していただいた皆様へのお礼とお詫びの言葉といたします」

元鹿島市長 桑原允彦さん:
やっぱりこういう地域のことを忘れないでほしいということですよね。新幹線にばっかり光を照射して、皆さんの関心が集まるということではなく、影の部分、あるいは置き去りにされた地域のことについても、皆さんに思いをはせてほしい。こういう地域があるんだということを忘れないでほしいです

西九州新幹線の開業後、長崎本線の江北(旧・肥前山口)ー諫早間は並行在来線となり、列車はJRが走らせ、線路や駅舎は佐賀・長崎両県が管理するという上下分離方式での運行に変わった。

ただ利便性の低下は避けられず、こういった地域をどうサポートしていくかも継続して考えていく必要がある。

(サガテレビ)