「アートを通じて、障がい者に対する社会の目を変えたい」という思いから、障がい者が手掛けた作品を商品化する事業が進んでいる。事業を立ち上げたのは、障がいのある兄を持つ双子。ここ宮城でも、アーティストたちの作品は広まっている。

兄がいたから…障がい者の思いを伝えたい

宮城県仙台市青葉区の仙台三越で開かれた展示・販売会。会場には知的障がいのあるアーティストが描いた作品や、作品を使用した小物などが並んだ。

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梅島三環子アナウンサー:
こちらの作品タイトルは「ホテル」です。キャンバスを線で埋めていくという作風が特徴的です。四角は一つ一つの部屋なのでしょうか?一面色鮮やかに埋め尽くされています

客:
心に響く。内面的なものが伝わってくる感じがして、見入っていました

客:
我々だと考えたり、奇をてらったりして作品を描くぞとなるが、純粋に描きたいという思いが伝わってくる

この展示・販売会を手掛けたのは、岩手県盛岡市に本社を置く「ヘラルボニー」。共同代表の松田文登さんに話を聞いた。

梅島三環子アナウンサー:
こちらは、どういった会社?

ヘラルボニー COO 松田文登さん:
アートのデータを軸にさまざまな物・事・場所に落とし込むことで、「障がい」と話したときに重たい話ではなく、欠落と連想するのではなく、違いや個性に脳で変換される、そういう未来を描きたいと思っている会社

松田さんは双子の弟とこの会社を立ち上げ運営している。起業のきっかけは、先天性の知的障がいを伴う自閉症の兄の存在が大きかったという。

先天性の知的障がいを伴う自閉症の兄 起業のきっかけに
先天性の知的障がいを伴う自閉症の兄 起業のきっかけに

ヘラルボニー COO 松田文登さん:
兄がいたからこそ、違いに寛容になったし、面白いと捉えられた。兄への周囲からの視線があったからこそ、事業をやりたいと強く思った

社名のヘラルボニーは、兄が子供の頃に何度も書いていた造語だ。

ヘラルボニー COO 松田文登さん:
兄に「ヘラルボニーってどういう意味?」と聞くと分からないと言うが、多分答えられないだけで何かしら思っていることはいっぱいあると思う。それを言語化していける、障がいのある人が心で思っているけれど伝えられないことを伝えていける会社でありたい

盛岡の本社にはギャラリーも併設されている。作品は定期的に入れ替えられ、この日は岩手県在住のアーティストの企画展が開かれていた。

本社に併設されたギャラリー
本社に併設されたギャラリー

梅島三環子アナウンサー:
なぜ知的障がいにこだわったんですか?

ヘラルボニー COO 松田文登さん:
彼らの違いや強烈なこだわりが絵筆に変わっていると思っていて、彼らだから描ける世界があるし、伝えられることがある

ヘラルボニーが生み出す商品は、価格にも特徴がある。

ヘラルボニー COO 松田文登さん:
単純に見ていいよね、かっこいいね、そこに正当な金額が置かれていると思っていて。障がいという言葉が付くから高いと見えるだけで、普通により良いものであれば、その金額なのかなと思う

東北から全国へ 社会の価値観を変える

厚生労働省によると、雇用契約に基づく就労が難しい人を対象にした就労継続支援B型の場合、最低賃金が適用されず、平均の月額工賃は1万5776円にとどまる。

松田さんは、この現状をビジネスで変えていきたいと考えている。作家とライセンス契約を結び、デザインを使った商品を販売し、企業などへ作品のデータを提供することもある。

県内でも、駅員が着用するマスクのデザインに採用されたり、ビルの仮囲いに作品が並べられたりと取り組みは少しずつ広まっている。アーティストによっては年間で数百万円の収入になるケースもあるという。

駅員が着用するマスクのデザインにも採用
駅員が着用するマスクのデザインにも採用

仙台市青葉区中山にある、障がい福祉施設「多夢多夢舎(たむたむしゃ)」。こちらに通う20人の利用者のうち、11人の知的障がい者がヘラルボニーとアーティスト契約を結んでいる。

デザインが商品化された渡邉昌貴さん。色をたくさん使った規則性のある作品を得意とし、今は週に5回、この施設で絵を描く仕事をしている。

ヘラルボニーとアーティスト契約を結び、絵を描く仕事をしている
ヘラルボニーとアーティスト契約を結び、絵を描く仕事をしている

多夢多夢舎 大越裕生施設長:
障がいはマイナスではなく、個性として扱うところをとても共感しています。障がいがあるからこその独特の表現、なかなか思いつかない発想を認めてもらえる社会になってくれたらと思う

事業を通じて“社会の目”を変えることを目指すヘラルボニー。個性豊かなアーティストとともに、東北から発信を続けている。

ヘラルボニー COO 松田文登さん:
作品を見て美しい、素敵でいいと思っていて、その先に実は障がいがあったという文脈が一番いいと思っている。東北から日本から、世界にも発信できる事業と思っている。10年、20年というスパンで考えた時に、東北のヘラルボニーから全国のヘラルボニーになっていけばいい

(仙台放送)