気候変動の影響で、現在世界的に加速している“カーボンニュートラル”の動き。

温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするという目標の中で注目されていることの一つに、「水素の利活用」がある。

地球上で最も軽く、無色無臭の気体である水素は、カーボンニュートラルの世界の中でどのような活躍を見せるのだろうか。

「エネルギーと環境の調和」を目指し、水素関連技術の国際的なリーディングカンパニーとして知られる千代田化工建設株式会社水素事業部の林千瑛さんと宮脇由佳さんに、水素を活かす技術の「現在地」 や、来たるべき「水素社会」について話を聞いた。

世界のカーボンニュートラルへの動きと、“水素”への期待

千代田化工建設株式会社の林千瑛さん(左)と宮脇由佳さん(右)
千代田化工建設株式会社の林千瑛さん(左)と宮脇由佳さん(右)
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2015年12月、フランスのパリで開催された第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)。ここではいわゆる“パリ協定”と呼ばれる「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ちながら、『1.5℃』に抑える努力をする」という目標が掲げられた。

また、2021年に行われたCOP26では、この「1.5℃の努力目標」達成に向け、21世紀半ばの「カーボンニュートラル」達成が締約国に求められている。

――昨今耳にするようになった“カーボンニュートラル”とは、どのようなものでしょうか。

林千瑛さん(以下、林):
これは、社会活動を通じて人間が排出するCO2の量と、植物の光合成などによって回収されるCO2の量をプラスマイナス・ゼロにするという考え方で(決して、温室効果ガスを完全にゼロにするという意味ではありません)、大気中のCO2濃度を一定に保てる水準を目指すものです。

――そのカーボンニュートラルに向けて、世界の企業はどのように動いているのでしょうか?

宮脇由佳さん(以下、宮脇):
主要な動きの一つに、化石燃料からクリーンエネルギーへのシフトがあげられます。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの拡大はもちろん、新しいエネルギー源として期待されるクリーン水素、アンモニアなどの導入・普及促進に向けた検討が世界各国で加速しています。また、排出されたCO2を地中に埋めて貯蔵したり、CO2を回収して原料として再利用する技術の開発も進められています。

――そんな中、千代田化工建設が力を入れている“水素”には、どのような役割が期待されているのでしょうか?

林:
水素は酸素と結びつけることで燃焼し、発電やさまざまなエネルギーとして利用することができます。その際に生じるのは「水」だけで、CO2を排出しません。このことから、水素は究極のクリーンエネルギーだと言われています。

実は、同じくクリーンなイメージのある再生可能エネルギーは、例えば工場や船、飛行機など、電化が難しい設備や交通インフラにそのまま活用することが難しく、CO2を排出するエネルギーに依存せざるを得ません。加えて、基本的に再生可能エネルギーは、発電量が季節や天候の影響を受けやすく、安定した供給が難しいという面も持っています。やはりそこでも、安定供給のためにCO2を排出するエネルギーが使われる可能性があります。

このような課題を解決し得るのが、水素になります。

MCHを運搬する「CRANE URANUS号」
MCHを運搬する「CRANE URANUS号」

水素は他の物質と化合させることによって、常温・常圧でガソリンと同じような取り扱いをすることも可能です。安全で容易、かつ大量に水素を運搬し、それを長期間貯めることもできるのです。

――技術さえあれば、いつでも電力に転換でき、そもそも水素自体がCO2をまったく出さないのですね。

林:
電気には元来、「長期間、大量に貯めることができない」という課題がありました。どんなに優秀な蓄電池を用いても、そこには限界があります。電気を違うものに変えて貯めることが出来ないのか? そこで役立つのが水素です。電気を水素に変え、その水素を他の物質と化合させ液体に変換することによって、大量の電気を長期間、 安全に貯蔵できます。これは、エネルギーの自給率が低く、海外からの輸入に依存する日本にとって重要な選択肢になります。日本が水素を利活用する意義は大きいでしょう。

水素社会は「遠い未来」の話ではない

カーボンニュートラルに欠かせないもので、日本のエネルギー問題の解決策の一つともなり得る水素。私達の生活の中でもすでに使われ始めているという。

――私たちの生活の中で水素はどのように活用されているでしょうか?

宮脇:
たとえば、化学工業分野や半導体製造などの分野では、産業ガスとして利用されていますし、話題性のあるところで言うと、ロケットエンジンの燃料としても利用されています。

林:
生活の中で目にする例でいえば、徐々に広まっているのは“水素自動車”です。トヨタMIRAIなどに代表される燃料電池自動車がまさに好例ですが、燃料補給のための水素ステーションもかなり普及してきています。

――水素は、さまざまなものの“原料”になるとも聞いています。やはり目を引くのは発電でしょうか。

林:
既存の天然ガスを利用した発電所で、水素を混ぜた燃料で発電を行う「混焼発電」の実証が先進国で続けられています。水素100%の「クリーン発電」も視野に入ってきています。また、アンモニアやメタンなどの燃料を製造する原料として水素を活用する研究も、多くの企業や政府系研究機関によって進められています。こういった技術の発展があるため、いわゆる「水素社会」は部分的に実現してきていると言えます。

宮脇:
「水素社会」とは、私たちの日々の生活や経済活動の中で水素がエネルギー・燃料として広く活用される社会のことです。そこでは、特に意識されることもなく当たり前のように水素が存在し、私たちの活動がそのまま「クリーンである」という状態に変わっているでしょう。水素社会が実現し、再生可能エネルギーとともにCO2フリーのクリーンエネルギーが普及すれば、カーボンニュートラルが達成され、将来の気候変動を抑えることも期待できます。

この魅力的な「水素社会」は、徐々に私たちの生活の一部になっているにも関わらず、水素の活用や、「水素社会」実現の大切さは、まだそれほど周知されていないとも言える状況です。

―この水素社会が広く普及していない状況には、何か理由があるのでしょうか?

宮脇:
そこには技術的な課題があります。先ほど述べた通り、水素はCO2を出さないクリーンなエネルギーです。ただし、これはあくまでも「利用時」においてのみです。実は、水素の製造工程においてはCO2が出てしまうケースがあります。

製造方法で色分けされる水素
製造方法で色分けされる水素

宮脇:
現在、世の中にある水素のほとんどは「グレー水素」と呼ばれる、化石燃料や天然ガス由来の水素です。グレー水素は、製造工程において大気にCO2が放出されるため、本当の意味でのクリーンエネルギーにはなり得ません。

一方で、クリーンな水素と言われているのが「ブルー水素」と「グリーン水素」です。ブルー水素は、グレー水素と同様、化石燃料や天然ガス由来の水素ですが、製造工程で出てくるCO2を回収・利用してできるものです。そしてグリーン水素は、再生可能エネルギー由来の電力を利用して生み出す水素で、そもそも製造工程でCO2が排出されません。本当の意味でカーボンニュートラルを達成するには、ブルー水素とグリーン水素(両者を「クリーン水素」と呼ぶ)を世界に普及させることが重要になります。

――その普及は、まさにこれからですね。

林:
水素エネルギーを社会に浸透させるには、水素を「作って」「運んで」「貯めて」「使う」という一連のサプライチェーンが世界中で構築され、場所を問わず必要な時に水素を使える仕組みを用意する必要があります。それも、「これから」と言えます。

水素が“日常”という時代を切り拓く「SPERA水素システム」とは

脱水素プラント内メチルシクロヘキサンタンク、川崎
脱水素プラント内メチルシクロヘキサンタンク、川崎

――これまでの話を伺っていると、水素社会はまだまだ「遠い未来の話」とも感じられるのですが、実際はどうなのでしょうか。

宮脇:
いまお伝えした通り、サプライチェーンをはじめとした経済的・社会的な仕組み作りには乗り越えるべきハードルがたくさんありますが、技術的な面で言えば「遠い未来」ではありません。

「SPERA水素」の仕組み
「SPERA水素」の仕組み

水素社会実現には、クリーン水素を安価で大量に、かつ安定的に流通させる必要があります。それはすでに、技術的に可能です。千代田化工建設は2020年に、日本から5000キロ離れたブルネイ・ダルサラーム国から、水素を船で輸送する世界で初めての国際間水素サプライチェーンの実証事業を完了しました。水素の輸送・貯蔵システムはすでに確立しています。このシステムは、水素を運ぶためにトルエンと水素の化合物であるMCH(=メチルシクロヘキサン)を活用します(この仕組みは後述)。MCHは、常温・常圧で液体、ガソリンと同じように取り扱うことができるため、既存のケミカルタンカーや石油タンクを使って輸送し、貯蔵することができます。「すでにあるインフラ」を活かせるため、水素の普及に便利です。

――運んで貯めることができれば、クリーン水素を地産地消で賄えない国でも、水素の活用ができることになりますね。

林:
仰る通りです。弊社は、そのMCHに「SPERA(スぺラ)水素」という名前をつけました。「SPERA」はラテン語で「希望せよ」という意味です。

SPERA水素は、トルエンという乗り物に水素が乗った状態のことを指します。水素は供給地でトルエンに乗り込み、SPERA水素としてケミカルタンカーなどで需要(消費)地まで運ばれます。そして、需要地で水素だけが下車し、乗り物であるトルエンは供給地へ戻り、再び水素を乗せてSPERA水素として需要地へ運ばれます。

弊社では、水素の乗り物であるトルエンが供給地と需要地を循環するシステムのことを「SPERA水素システム」と呼んでいます。

「SPERA水素システム」の仕組み
「SPERA水素システム」の仕組み

――この技術であれば既存設備が活用できて、新たなインフラ整備が低減できそうですね。

林:
そのため、SPERA水素は水素社会実現のスタートダッシュを切る「切り札」になり得ます。

――水素社会の実現に向けて私たちに何かできることはありますか?

林:
水素は地球に最も多く存在する元素であり、クリーンなエネルギーであることに疑う余地はありません。住みやすく持続可能な地球環境を後世に残すためにも、水素エネルギーの普及は不可欠です。水素社会が夢物語ではなく、普段の生活とどのようなつながりがあるかを大人から子供まで広い世代がそれぞれイメージできるようになることで、自然と水素に関する理解度、期待度が高まり、水素社会の実装に近づくと私たちは考えています。

まずは、先端技術が水素社会実現をグッと引き寄せていることを知っていただけるとうれしいです。弊社としては、SPERA水素が世界中の人々、特に地球の未来を担う方々にとっての「希望」となるよう取り組みを継続していきたいと思っています。

「SPERA水素」紹介のショートムービー

国際間の水素サプライチェーン実証事業 VRツアーご案内
URL
:https://www.chiyodacorp.com/service/vr/hydrogen/

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提供:千代田化工建設株式会社
制作:FNNプライムオンライン編集部