在日コリアンが暮らす「ウトロ地区」で、空き家など7棟に放火した罪に問われていた有本匠吾被告。8月30日に、懲役4年の実刑判決が言い渡された。
判決前に、有本被告が被害者の男性と拘置所で面会した場面に、記者が立ち会った。
ネット情報をうのみにし、一方的に在日コリアンへの恨みを募らせたという被告が初めて出会う在日コリアン。
自身の犯行について、被害者の前で何を語ったのか取材した。

ウトロ放火事件で判決 被告の本心は

放火事件からちょうど1年。
被害者の一人で、ウトロ平和祈念館の副館長・金秀煥(キム スファン)さんは、ほっとした様子で判決を受け止めていた。

金秀煥さん:
ただの空き家の放火事件で終わらされる怖さがあったけど、犯行の動機や踏み込んだ表現もありましたし、かなり踏み込んだ判決ということで周りの人も喜んでいました

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約100人の在日コリアンが暮らす京都・宇治市の「ウトロ地区」で、2021年8月に倉庫や住宅が大きな煙に包まれた。 放火されたのだ。

ウトロ地区の住民たち:
早よ、逃げてくれ~!おやじさん危ないで、逃げてくれ~!

放火の動機は在日コリアンへの一方的な敵対感情

この事件で逮捕されたのは、無職の有本匠吾被告(当時22歳)。

なぜ、22歳の若者が火を放ったのか…有本被告の真意を問おうと、手紙や拘置所での面会取材を重ねた。
そこから見えてきたのは、有本被告が一方的に抱く “在日コリアンへの敵対感情”だった。

有本被告の手紙:
韓国人は悪。そうした思想がある事は否定できません。日本に住まわせていただいているのに日本人に一切配慮しない

本被告がウトロ地区を知ったのは、犯行のわずか5日前。インターネットで調べただけだった。

ウトロ地区には、戦時中に飛行場建設の労働者として雇われた朝鮮半島出身者が、終戦後に行き場を失い、そのまま住み続けた経緯がある。

約30年前に、土地の所有者が住民らに立ち退きを求めた裁判で住民らが敗訴。

その後、韓国政府や日本の支援者らが土地を買い取る形で解決したが、有本被告は「まだ違法状態である」と一方的に敵対感情を膨らませた。

その矛先となったのが、2022年4月に開館したウトロ地区の歴史を伝える「平和祈念館」と、そこで展示する予定だった「ある看板」だ。

有本被告の手紙:
可能であれば、平和祈念館の開館を阻止したいところではありましたが、さすがにこれは容易ではありません。しかし、なんとしても展示物の使用は阻止させたいという思いがありました

この看板は、ウトロ地区の住民たちが裁判で闘う中で、「ここで住み続けたい」という意思を表現したものだった。

「敗訴した判決に対して、住民たちはなぜ抗うのか…」有本被告はそんな思いから、この看板が保管されていた倉庫に火を点けたという。
2022年5月に始まった裁判でも、有本被告は平和祈念館を目の敵にした。

有本被告の手紙:
祈念館の開館を阻止することで過去の歴史問題を知っていただきたい背景がございます。この件について「後悔があるか?」と問われると正直ありません

金さんは、住民たちと共に12年を掛けてこの祈念館を作りあげてきた。
直接、有本被告の主張を聞きたいと裁判を傍聴したが、被告の言葉は耳を塞ぎたくなるものばかりだった。

金秀煥さん:
(有本被告が)平和祈念館のことを語り出した時に、ペンが止まったというか…彼の口からウトロ平和祈念館という名前を語ってほしくない嫌悪感というか…

それでも金さんが事件と向き合うのは、差別に基づく犯罪がこれ以上起きてほしくないという思いからだった。

金秀煥さん:
ヘイトスピーチ、ヘイトクライム…今でこそ、こういう表現ですけど、差別を受けて排除されていた人たちが、またこういう思いをするってなったら、そういうストレスを受けていたら、人間として持たないですよ

金秀煥さん:
二次被害や嫌がらせを受けるかもしれないから…と何もしない、だんまりを決め込むというのも選べる手段だったが、周りのいろんな人たちの支援や住民たちの中でも「委縮するのではなく、歴史を伝えるんだ。歴史を伝えることで、今後こう言う事件を失くせるんだ」という声が後押ししてくれた

金さんが住民たちと作りあげた祈念館。放火事件に怯むことなく、無事2022年4月に開館した。

在日2世でウトロ住民の金山炭江さんが祈念館を訪れた。

ウトロ住民 金山炭江さん:
あ~、こんなところにも写真がある、いつも踊りたくなる

祈念館には、金山さんの言葉も記されている。

ウトロ住民 金山炭江さん:
チョーセン、チョーセンって指さされたけど、私は気にせえへんかった

一方的な憎悪から引き起こされた今回の事件。
憎しみからは何も生まれない…と、金山さんは放火現場に小さな菜園を作った。

この日、ウトロ地区に大阪から高校生が訪れた。
金さんは、放火があった現場に高校生たちを案内し、当時の様子や現在の状況を話す。

金秀煥さん:
放火された後のこういう凄惨な状況が(今も)広がっているが、住民の方がここで菜園を始めて野菜を植えているんです

金山さんは、菜園で育てた唐辛子を高校生たちに渡す。

ウトロ住民 金山炭江さん:
辛くないよ、かじってみ

高校生:
あ、いける

ウトロ住民 金山炭江さん:
また焼き肉したら来てください

高校生:
あ、ちょっと辛い(笑)

拘置所で被害者と初対面…有本被告が語ったことは

判決を目前に迎えた8月25日、金さんは有本被告と話をしようと京都拘置所へ向かった。
有本被告も、金さんと「会ってもいい」と言ったのだ。

金秀煥さん:
結論ありきとか、「この人が憎い」というのをお互い排除しながら、“人と人“として話し合いながら、有本被告の在日に対する認識が少しでも変わったらいいかな…という希望は持っていますね

金秀煥さん:
結局のところ何が目的だったんですか?

有本匠吾被告:
今回目的としていたのは祈念館に対しての疑問、非難と言ったらあれですが、抗議の意味です

有本被告は、金さんから目をそらすことなく答え始めた。

金秀煥さん:
目的は達成されましたか?

有本匠吾被告:
部分的にとしか言いようがないですね…今となっては

金秀煥さん:
展示予定だった看板が燃えましたが、反省や後悔はありますか?

有本匠吾被告:
色んな取材を受けていますので、改めてやっぱりこれを起こしたことで、“何を訴えようとしているのか”自分の中で確立していないところもあります

金秀煥さん:
結局何がしたかったのか分からないということですか?

有本匠吾被告:
そうですね…分からなくなっているところもあると思います

「自分のしたかったことが分からない…」約3カ月にわたる取材の中で初めて聞いた言葉だった。
最後に「金さんに、なにか聞きたいことはあるか」と尋ねると、有本被告は、ウトロ平和祈念館で展示予定だった“あの看板”について語り出した。

有本匠吾被告:
なぜ、あの看板を立てかけていたのですか?

金秀煥さん:
ずっと暮らしてきた街で住み続けたい、土地問題をどうにか解決できないのか…という思いを表現したものです

有本匠吾被告:
ウトロは“在日のふるさと”と書かれていましたが、私の中では“反日のふるさと”だと思っていました

金秀煥さん:
ウトロには差別や強制退去の命令があったけれども、それを乗り越えてきた歴史があります。そして、それを支えてくれたのは日本の人たちなんです。だから反日ではなく、むしろ日本人と一緒に作った街なんです

「日本人と共に歩んできた」金さんのこの言葉を聞いたとき、有本被告は「そうなんですね」と小さな声で答えた。

拘置所での面会を終えて、金さんは有本被告の在日に対する認識を少しは変えていけるのではないか…という希望を感じつつ、ヘイトクラム問題の根本解決には至らないもどかしさを感じているようだった。

金秀煥さん:
日本の人たちと一緒になりながら、このウトロを支えてきたふるさとだというのに対しては、被告も「なるほど」と受け止めていたので、彼が持っている偏見を一つ一つ解いていくことができるのではないか…という希望は感じましたね

金秀煥さん:
ただ、どうしても(有本被告は)かわいそうな人だな、とも見えてしまうんですよね。彼にとっても、この社会が生きづらかったのかもしれないし。彼一人が変わったからと言って、この問題が解決するわけでもないですし、変に改心したし良かったね…とハッピーエンドになってしまったら、問題の本質がすりかわってしまうので、ちょっとまだ自分の中でも整理ができていないような感じですね

差別のない社会を目指して。
金さんは一つ一つ向き合っていくと決めている。

被告が信じていたデマとは

有本被告は、ウトロ地区の住民は土地を不法占拠していると裁判でも答えていた。
しかし、ウトロの住民たちが土地の明け渡しを求められた裁判で敗訴した後、土地の所有者と住民の間で合意書が交わされている。
韓国政府などが購入した土地(ウトロ地区の一部)には市営住宅が建てられる予定で、完成後に住民たちが移り住むまでは今の場所に住み続けてもいい、とする合意書だ。
この合意のため、ウトロ地区の居住には法的な問題はないのだが、有本被告は不法占拠していると解釈していた。

また有本被告は、在日コリアンはお金を払わなくても医療が受けられると話していた。
しかし、そのような事実はない。
生活保護を受けている人には診療費や薬代が支給されるが、それは在日コリアンでも日本人でも同じだ。
在日コリアンだけが優遇される制度はない。

 (関西テレビ「報道ランナー」8月30日放送)