10年余り前に、上皇さまが「素晴らしい自然」と感想を述べられた田園風景が失われてしまった。台風被害や高齢化で、耕作しなくなった田んぼが増えてしまったからだ。
昔の美しい風景を取り戻そうと住民たちが立ち上がった。株式会社をつくり、農地の改良に取り組んでいる。
田園地帯に耕作放棄地が増えて
青木不二彦カメラマン :
伊東市の大室山の麓に広がる池地区の上空です。水田が広がり、一部は田植えが終わっているようですが、田植えがされていないところが目立ちます

静岡・伊東市の池地区は、市内でも数少ない田園地帯だ。
自然豊かな風景が広がり、2010年には現在の上皇ご夫妻が散策に訪れたこともある。下田市の御用邸にいらした際に、近隣の視察先のひとつに選ばれたそうだ。

池地区では江戸時代には住民が年貢を納め、昭和中期頃まで稲作が地域を支えていた。
池農業開発株式会社 高橋義典社長:
私が知っているのは、狩野川台風があった昭和33年(1958年)頃ですね。まだ親も元気で、田んぼ一面に稲が実っているのを見たことがあります

しかし、2019年9月に台風15号の大雨による土砂崩れで水路がふさがれ、水田が水没。収穫前の稲がほとんど収穫できなくなる被害を受けた。そのうえ高齢化や後継者不足が深刻で、耕作放棄地が増加している。

池農業開発 高橋社長:
高齢化で耕作ができない田畑が多くなってきた。今は全体の4分の3ほどが休耕になって、アシが出てしまって田んぼができる状態ではない

このままでは自然豊かな田園風景が失われるかもしれない。
農地改良めざし住民が会社設立
危機感をもった住民約60人が自ら株主となって株式会社を設立し、農地の改良事業に乗り出した。専業農家は少なく、自分の土地で自家消費用に栽培している人がほとんどだ。社長を務める高橋さんも、市職員を定年退職して田園復活に専念する。

株式会社を作ったのは、国からの補助金を受けやすくするためだ。750筆に分かれた小さな田畑を、1区画2000~3000平方メートルに拡大し、137区画の耕作地を作る計画だ。
機械化を目指す考えで、他の住民や農家も歓迎している。

畑を管理している人:
良いと思います。以前は田んぼを見てホッとする良い癒しの場所だったけど、今は荒れてさみしいなと思っていました
生産農家:
全体の60%以上が休耕田になってしまった。このままではいけない、何とかしたいとみんな思っていた
農地を広げる取り組みを進める背景には、先人から受け継いだ農地を未来に受け継いでいきたいという強い思いがあった。
池農業開発・高橋社長:
先人がどんな思いでこの田んぼを今まで守ってきたのかなと思うと、今の状態を見たら先人は嘆くだろうな。「何をしてるんだ」と怒られるような気がして

国と県、そして市の協力も取り付け、約6億円を投じて水田や畑を整備することになった。狭かった農道も広げ、2年後の完成を目指している。

県東部農林事務所農地整備課・杉浦正一班長:
なかなか機械化が進まず、効率が良いとは言えない状況で農業を強いられてきた。地元の農業者から水田整備の要望があり、地元・市・県と3年の計画期間を経て、農林水産省の補助を活用して、「経営の形態育成基盤整備事業」として実施することになりました
初めての田植えにこぼれる笑顔
2022年6月、広い水田で田植えが行われた。2021年度に14筆ほどから2区画に整備された水田の1つで、整備後に初めての田植えだ。
会社設立後の初めての田植えで、役員たちの顔には笑顔がこぼれた。

池農業開発の役員:
私が小さい頃の60年前は(ここから見える)全部が田んぼだった。その田んぼを復活させる

課題は経営の安定化だ。コメ離れで収益が減少する一方、機械化のための農機具の購入など負担も多く、資金の調達や補助制度の活用などがカギとなる。
池農業開発・高橋社長:
資金面が非常に難しい。トラクター1台を新車で買うと、850万円ぐらいする。稲作はいろいろな機械が必要になる。どのように資金を調達して、どのように借り入れを返済していくか難しい部分がある

「素晴らしい自然守って」上皇さまのお言葉を支えに
2010年に上皇ご夫妻はこの地区を散策された際、「大室山や矢筈山、田んぼの素晴らしい自然を守っていってください」と述べられた。住民たちは今もそのお言葉を大切にしている。
課題はあるものの、乗り越えていく決意だ。

池農業開発・高橋社長:
池の地域全体の人々によって、耕作放棄地解消のスタートが切られた。一生懸命、役員も頑張っているので、(地域の皆さんにも)応援してもらえると思っています

県東部農林事務所・杉浦班長:
先人の農業に対する熱い思いから長く築かれてきた水田なので、これから県が整備することによって、将来的にも農業が継続できる形で進めてほしい
美しい田園風景と地元の農業を守るために、住民たちの取り組みはまだ始まったばかりだ。
(テレビ静岡)