戦後77年が経過し、初めて被爆体験を語る決意をした男性がいる。長い間、心の奥にしまいこんでいた思いを打ち明けた。

一枚の写真が伝える86日 「兄ちゃん、助けてくれてありがとう」

「兄ちゃん、ありがとね。ばあちゃんを頼むね」竹本秀雄さん(80)はそう言って写真に手を合わせた。
仏間の壁に、母の遺影と並んで一枚の古い写真が飾られている。写っているのは、頭に包帯を巻かれた幼い男の子と、その男の子を背負って瓦礫(がれき)の中を歩く少年の姿。
当時3歳だった竹本秀雄さんと兄の定男さん(11)だ。

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竹本秀雄さん:
兄貴のつらそうな目と私の目、全然違うね。この時の私は無邪気で何も分からずに…。兄貴ありがとうって、それしかないです

1945年8月6日、竹本さん兄弟は爆心地から約1キロの広島市中区大手町にあった自宅で被爆。倒壊した家の下敷きになっていたところを、兄の定男さんが助けてくれた。

竹本さん兄弟の写真は、原爆の記録映画に使われていた。その記録映画を見た親戚が、二人が写っていることに気付き、映写技師に頼み込んでフィルムを譲り受けたのだ。

竹本秀雄さん:
私たち兄弟が写っていると伝えると、フィルムを3コマ切ってくれたんです。今じゃ考えられんでしょ。涙が出るんじゃけどね

時代に翻弄された家族…心の奥にしまいこんだ被爆の記憶

戦後、竹本さん一家は広島を離れ、九州の砕石所など各地を転々とし、苦しい生活を余儀なくされた。
原爆で背中に火傷を負った母・リウさんは、生涯にわたり体の痛みを訴えていたという。「汗が出たら痛い、寒かったら痛い、ずっと痛い痛いと言っていた」と、竹本さんは母の様子を振り返る。

命を救ってくれた兄・定男さんは、23歳の時に交通事故で亡くなった。それによって、竹本さんの人生も大きく変わった。

竹本秀雄さん:
兄が「行かしてやるから高校に行け」と言ってくれて、私は進学組に入っていました。しかし、兄が亡くなったので途中から就職組に…。あの時は、子ども心に情けなかったですね

時代に翻弄された人生。助けてくれた兄、家族への思い…竹本さんは、それらをずっと心の奥にしまったまま、戦後を生きてきた。

被爆証言を決意させた親友の熱意とウクライナの惨劇

7月10日、竹本さんは東広島市の黒瀬生涯学習センターで開かれた「原爆展」の会場を訪れた。この日、初めて77年前の被爆体験を語ることになっていた。

竹本さんに被爆証言を勧めたのは、50年来の親友、北川純彦さん。

北川純彦さん:
原爆を伝える番組に竹本さん兄弟の写真が映し出されたときに、竹本さんが「北川君、あれ僕よ」と言うので、「えー」ってびっくりしました

これまで北川さんが被爆証言を勧めても、竹本さんは「思い出すのがつらい」と言って断り続けてきた。しかし、北川さんの熱い思いと、ロシアによるウクライナ侵攻が竹本さんの気持ちを変えた。

竹本さんは「原爆展」に兄弟の写真を提供。そして、ついに自らの被爆体験を話す決意をしたのだ。講演会で、二人は証言者として共に座っていた。

北川純彦さん:
竹本さんが被爆証言すると聞いて、涙が出ました。彼の元気な姿を皆さんに見てほしいという私の思いが、今日やっとかなえられた。54年間ほんまに待っていました。ありがとう

「戦争をすると最後は市民が泣く、国民が泣く」

北川さんの講演に続いて、竹本さんは穏やかな口調で語り始めた。

竹本秀雄さん:
この写真で背負われているのは私です。兄貴が私を見つけて助けてくれました。兄貴には頭が上がりません。だけど、一緒に暮らしていた中で、兄貴から“お前を助けた”と一言も聞いたことがないんです

竹本秀雄さん:
今のウクライナもそうです。多くの国民が泣いています。最後はやっぱり市民が泣くんだなと。だから戦争はいけません。本当に戦争はいけないと思います

竹本さんは、人生を通して感じた平和の大切さを訴えた。そして、未来を生きる子どもたちに語りかけた。

竹本秀雄さん:
お友達をいじめたり、ケンカをしないように。家の中でもやさしい、やさしい人になってください。それが最後には、戦争をなくす基盤になると思います

証言を聞いた小学生:
これからも学校や習い事でみんなと仲良くしていきたいし、みんなにも原爆のことを知ってほしいと思いました

講演を終えたばかりの北川さんと竹本さんに話を聞いた。

北川純彦さん:
竹本さんは、ものすごく穏やかだったね。肩の荷が下りたんじゃないですかねぇ

竹本秀雄さん:
なんだか、すっきりしました。呪縛が解けた、軽くなった気持ちですね。被爆証言をして良かったなと思っています。ありがとう。本当にありがとうございました

竹本さんはこれからも被爆証言を続けていこうと静かに心に決めている。

(テレビ新広島)

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