主戦場に参加させないための「捨て駒」か

マリウポリの製鉄所に立てこもるウクライナ軍は、全滅覚悟で相手のロシア軍の部隊が主戦場のドンバスの戦いに参加できないよう「捨て駒」として戦っているようだ。

ロシアのプーチン大統領は4月21日、ロシア軍はマリウポリを実質的に占拠したと勝利宣言をしたが、ウクライナ軍は製鉄所に立てこもって抵抗を続けている。

マリウポリの製鉄所
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この部隊はもはやロシア軍に勝利する戦力は残っていないと考えられるが、包囲するロシア軍を足止めさせその兵力が他の作戦に転出されるのを防ぐために大きな役割を果たしているようだ。

米国のABCテレビは、今回のマリウポリの攻撃にロシア軍は1万2000人の精鋭部隊を動員していたと伝えていたが、その多くはマリウポリ包囲を続けるために今後も残り、東部での戦闘に参加できないことになる。

製鉄所の地下に避難する市民 (「アゾフ大隊」YouTubeより)

ロシア軍は今回のウクライナ侵攻作戦に19万人の兵士を動員したとされるが、この内4万人は最前線の戦闘のために訓練されていない領土防衛部隊で、実質の兵力は15万人と見られている。

この内これまでの戦闘で7000人から1万5000人が戦死したと言われるが、通常戦争では戦死者と重症者それに行方不明を含めた死傷者は、戦死者の3~4倍に上るとされる。

ウクライナのロシア軍の場合なら、これまでに少なくとも1万5000人、多い場合は6万人の死傷者が出ていることになり、現在の兵力は13万5000人から9万人と計算できる。

ロシア軍の戦車がウクライナの反撃で爆発する瞬間

今回のドンバス地方での大攻勢でロシア軍はその現有勢力の全てを投入したいところだろうが、マリウポリの部隊が戦い続ける限りそれは期待できないことになる。

「現代のカレー守備隊だ…勇敢だが恐ろしい」

こうした状況を伝えた英国BBCのツイッターに次のようなリツイートが目を引いた。

「現代のカレー守備隊だ。とてつもなく勇敢だが、恐ろしい」

第二次世界大戦初期の1940年5月、フランスのダンケルクから撤退する英仏軍を助けるために、近くのカレーでドイツ軍の攻撃を英・仏・ベルギーの混合部隊が犠牲を覚悟で戦った「カレーの包囲戦」のことだ。

フランス・カレーの港

この時ウィンストン・チャーチル英首相は、カレーの英国軍司令官にこう打電したという。

「貴官らが存続している1時間、1時間がBEF(英海外派遣軍)にとって最大の支援になっている。したがって政府は貴官らに引き続き戦闘を継続してもらうことを決定した。貴官らの置かれた崇高な立場に限りない尊敬の念を送るものである。撤退は行わない(くりかえす「行わない」)。また撤退のための船舶はドーバーへ引き返させることとした」

この命令に従ってカレーの混合部隊がドイツの装甲師団の猛攻に耐えている間に、ダンケルクから33万人の英国とフランス兵が撤退することができたが、混合部隊は戦死者300人、負傷者200人を出し3500人が捕虜となった。

フランスに残るドイツ軍の掩体壕

ウクライナのゼレンスキー大統領がチャーチル元首相のような指示を出したかどうかは定かでないが、23日のAP電は「東部戦線のロシア軍の総攻撃はウクライナ軍の反撃で足踏みしている」と伝えており、マリウポリの「捨て駒」の守備隊はロシア軍の戦闘力を分散させ、主戦場で戦うウクライナ軍本隊を助けているのは間違いない。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎


アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。 NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。

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