金日成(キム・イルソン)主席の生誕110年を迎えた15日、北朝鮮では市民パレードが行われ祝賀式典に金正恩総書記が登場した。金総書記は詰めかけた群衆から「万歳!」と歓声で迎えられると手を振って応じた。
「民族最大の祝日」軍事パレードは行われず
金日成広場は多くの市民で埋め尽くされ、市民パレードでは金日成主席や金正日(キム・ジョンイル)総書記の銅像なども行進した。一方で、ミサイルなどの兵器は登場せず一部で予想されていた「軍事パレード」は確認されていない。
この記事の画像(6枚)金日成主席の生誕記念日である「太陽節」は北朝鮮で「民族最大の祝日」とされる。5年ごとの節目の年には新型のミサイルを公開するなど軍事力をアピールする日となっていた。
北朝鮮はなぜ生誕110年にあたる今年、軍事パレードを行わなかったのか。北朝鮮政治に詳しい慶応大学の礒﨑敦仁教授に聞いた。
慶応大学・礒﨑敦仁教授:
これまで節目の年であっても祝われ方が異なっていた。2012年(100周年)、2017年(105周年)には閲兵式(軍事パレード)が開催されたが、金正日政権下の1997年(85周年)や2002年(90周年)には4月25日に「太陽節」と建軍節を共に祝う形で閲兵式を挙行している。
4月25日の「朝鮮人民革命軍」 創建90年に合わせて閲兵式(軍事パレード)を準備している可能性もあるということだが、4年前には建軍(「朝鮮人民軍」創建)記念日を2月8日に変更しており、現在は4月25日が祝日になっていないため、やるとしても規模は小さいのではないか。いずれにせよ、今回の金日成誕生日を単体で分析するのではなく、北朝鮮の一連の動きを把握することが重要だ。
核実験のタイミングを見定める北朝鮮
北朝鮮は17日付の「労働新聞」で「新型戦術誘導兵器」の試験発射に成功したと報じた。韓国軍によると、ミサイルは16日午後6時頃、2発発射されたという。18日から始まる予定の米韓合同軍事演習をけん制する狙いがあると見られる。
慶応大学・礒﨑敦仁教授:
米韓合同軍事演習への反発としてミサイル発射実験を行うのは恒例のことだが、それがどの程度のものになるか事前に予測することは困難だ。
北朝鮮メディアは、3月24日に強行したICBM=大陸間弾道ミサイル「火星17型」発射実験を大々的に報じていた。これまでにない派手な演出で発射「成功」を内向きにアピールしており、飛距離としてはそれを超えるものを出すには時間を要するであろうが、偵察衛星の開発も含め、ミサイル技術の複雑化、多様化はますます進む。
ただし、核実験については北朝鮮が慎重に実施時期を見定めていると礒﨑氏は分析している。
慶応大学・礒﨑敦仁教授:
核兵器の開発は着々と進んでいると見るべきだが、核実験については実施のタイミングを慎重に考えているだろう。前回、核実験を行った2016年、2017年に比べて政治外交的な利益は乏しいからだ。今、核実験に踏み切ったところで、米国が北朝鮮問題の優先順位を上げてくるわけではない。また、当時は『労働新聞』でも中国を名指し批判するほどに中朝関係が悪化していたが、2018年3月に習近平国家主席との初の首脳会談を行って以来、4年間にわたって関係を修復してきた。ミサイルとは異なり核実験には明確に反対する習近平政権との関係を再び悪化させてでも核実験を行う必要があるか、検討しているものと考えられる。
南北関係は後回しに
韓国では5月10日に尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が大統領に就任する。北朝鮮に強硬な姿勢を示している尹氏が大統領になることで南北関係はどうなるだろうか?
慶応大学・礒﨑敦仁教授:
『労働新聞』は尹錫悦氏の当選について事実関係のみ報じるにとどまり、今は事態を見守っているようだ。北朝鮮は、宥和(ゆうわ)的な文在寅政権と3回も首脳会談を重ねて様々な合意を得たにもかかわらず、結局は経済的利益を得ることができなかった。南北関係よりも米朝関係を先行させて経済制裁解除に持ち込まなくては韓国の進歩(革新)政権も役に立たない、というのがこの5年間で得た教訓だ。韓国で5年ぶりに保守政権が誕生することによって、南北関係はさらに後回しとならざるを得ない。
北朝鮮にとっては隣の韓国を相手しても得るものはなく、アメリカに対する抑止力の確保、ひいては交渉カードとして核兵器開発を着々と進めているのが現状だ。米韓合同軍事演習や「朝鮮人民革命軍」創建記念日などが続く4月、ミサイル発射や核実験など北朝鮮への警戒が続く。
【執筆:FNNソウル支局長 一之瀬登】
礒﨑敦仁氏略歴:
慶應義塾大学教授。専門は北朝鮮政治。
1975年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本大使館専門調査員、米国・ジョージワシントン大学客員研究員などを歴任。